第18章 背伸び
油に水を入れたような具合に、鍋の中の薬液がバチバチと跳ねたのだ。
亀の甲羅を絶対に濡らさないように、とスラグホーンが教壇で注意すべきこととして話していたが、男子生徒はちゃんと聞いていなかったようだった。
キラとペアを組む、となるとほとんどの生徒がキラに頼りきりになってしまう。
キラに任せておけばいいや、といった怠け心が勝ってしまったことが今回の悲劇を引き起こした。
「それは?」
「それは……手順に、ミスがあって…」
「…誰が? キラなわけ、ないよね?」
「っ…」
顔は笑っているように見えても、全然笑っていないグラエムが怖い。
ペアを組んでいた男子生徒の名前を言ったら、一体どうなるのだろうか。
「あ、の……」
どうしよう、どうしよう、とキラの視線が左右に揺れる。
「誰、だったの?」
「だ、だれか分ったらどうするんですか…?」
恐々、キラはグラエムに縋るような思いでそう口にした。
「そんなの、決まってるよ」
ニィ、と口角が釣り上がる。
(ひ、ひぃぃ!)
スリザリンの生徒は腹黒い人が多い。
グラエムもそっち。
絶対そうだ。
たまにアニーも笑顔が怖いときがある。
「ご、ごめんなさいっ」
「どうしてキラが謝る必要が?」
「わた、私がちゃんと注意しなかったから…だから、アニーに怪我をさせて…」
「キラ…別に君を責めてるわけじゃないんだよ?」
そう言われると、余計に心が苦しい。
誰もキラを怒らなかったので、自責の念だけが膨らんでいく。
私がちゃんとしていれば、こんなことにならなかったのに。
鍋を覗くのは危ないよ、って毎回言ってれば良かったのに。
ググッ、と握り締めた拳。
手の平に爪が食い込んだ。
グラエムの視線に耐えかねて、キラが俯いたそのときだった。
カツカツカツ、と聞きなれた足音が耳を打つ。
キラの視界にその足が写ったな、と思えば低い声が彼女の名を呼んだ。
「キラ。ここに居たのか」
肩の辺りまでべたりとした黒髪を垂らした、ひょろりとした体躯の生徒…セブルスがキラの腕を掴んだ。