第18章 背伸び
ぶしゃっ!ぶしゃっ!!とトイレの便器から水が噴き出て辺り一面水浸しになる。
「ワォ…」
口をついて出たのはそんな感嘆。
(って、そんなこと言ってる場合じゃない!!)
便器の水で汚れるなんて最悪だ!とキラは慌ててローブをお腹のところまでたくし上げ、扉が壊れたままだったトイレの個室から飛び出る。
マートルが居座っている便器からは水が溢れ続ける。
その水を跳ね上げないように、抜き足差し足、そぉっと歩を進めてキラは"嘆きのマートル"の女子トイレから抜け出した。
「ああ、びっくりした…」
たくし上げたローブから手を離して、皺を伸ばすようにローブの裾を引っ張りながらキラはトイレの方を見る。
中ではまだマートルが飛び回っていた。
「……」
突然のことに驚いて涙は引っ込んだ。
「キラ。ここにいたんだ」
「あ…」
どきり、と心臓が跳ねた。
背後から聞こえた声は、よく知る人のもので――今一番、会いたくない人でもあった。
(こ、怖い…)
落ち着いた声音はいつもの通り。
「キラ…聞きたいことがあるんだけれど…ちょっと、いいかな?」
ギギギ、と錆付いた人形のようにぎこちなく振り返ったキラの目に映ったのは、悲しそうな笑みを浮かべるグラエム。
口角は上がっているけれど、きっと怒っているに違いない。
グラエムはとても妹思いで、少し過保護気味なところがある。
アニーが自分のせいで大怪我をしたとなれば。
ぎゅっと身を固めてキラはグラエムの次の言葉を待った。
「どうして…君がいたのにあんなことになったのか…教えてくれない?」
ほんの少し屈んでグラエムはキラの目線に合わせてそう言った。
キラは思わず目を逸らして後ずさる。
「調合中の薬が顔にかかったって聞いたんだ」
その言葉にキラはうんうんと頷く。
「どうして?」
「……鍋の中を、アニーが見ようと…」
「そうじゃない。どうして薬が飛び散ったの?」
「それは……」
鍋に入れる際、亀の甲羅は濡れていてはいけない。
しかし、甲羅を触った手が濡れていたのだろう。