第18章 背伸び
(危ないって分かってたのに…私がちゃんと言ってたら)
以前から、声をかけないといけないな、と思っていた。
今、何をしている最中なのか、直前に何を入れたのか…何もわからない鍋を覗きこむことは本当に危険なのだ。
授業でスラグホーンが口酸っぱく注意をしていたが、キラがいるペアで失敗をすることはほとんどなかったので、まさか薬液が飛び散るとは思っていなかったアニーは軽い気持ちで鍋の中を覗き込んでしまったのだ。
授業では毎度のことであったし、アニーだけでなくキャリーや他の生徒もよくキラの鍋をチラチラ覗きこみに来ていた。
キラも危ないな、と思いつつもその内誰かが鍋を見に来ることに慣れてほったらかしにしてしまった。
一度か二度くらいは声をかけたかもしれないが、随分前のことだし、誰に声をかけたかは覚えていない。
後悔しても仕方が無い。
けれど、悔やむ気持ちは後から後から沸いてくる。
涙でしとどに濡れた手の甲をスカートで拭く。
そして再び目尻を手の甲で擦る。
目元にぴりりとした痛みを感じるようになった頃。
「――陰気くさいわねぇ。いつまで泣いてる気なの?」
くるくると宙返りをしていたマートルが声をかけてきた。
「……泣いてない」
「うそつき」
「泣いてないもん」
「うそよ! 泣いてるわ! やめてよね! わたしまで泣けてきちゃう」
くすんくすん、とマートルが泣き真似をし始めた。
「わたしのことを知ってるんでしょう? だからここに来て、わたしの真似を」
「真似なんてしてない!」
「あーーらそーぉ? だってあなた、ここに来てからずーっとこの世の終わりみたいな顔して。わたしと違って生きてるくせに!」
オォォォンとトイレに泣き声が反響する。
(う、うるさい…!!)
誰もがここに来ないわけだ。
話しかけてこなかったのが不思議なほど、さっきまで自分の鼻を啜る音くらいしか聞こえなかったのがおかしいと思うほどに、わんわんと大泣きし始めるマートル。
思わず耳を塞ぐと、それを見咎めたマートルがトイレの中をビュンビュン飛び回って不快感を露わにする。
「そうやって! 皆わたしを拒絶するのよ!! かわいそうなマートル、誰にも受け入れてもらえず、根暗だ陰気だって後ろ指差されるのよ」