第18章 背伸び
「あ…なんかその…ごめんなさい…」
いらぬことを言ってしまったか、とキラは小さな声でもごもごと謝る。
「いや、だいじょーぶだよー。気づかせてくれてありがとう。なんでこんな単純なことで躓いてたんだろう…。減毒処理に気を取られてたみたいだ」
唇を尖らせて、ダモクレスはうーん、と唸る。
そして先ほどまで広げていた羊皮紙たちをくしゃくしゃにして丸めて燃やしてしまった。
「あっ…」
「いいのいいのー。必要なのは残してあるから」
「長期間の服薬…体の変化を止める…そして凶暴性の沈静化、自我の保持…」
それまで黙っていたセブルスが左手で顎をさすりながらぶつぶつと独り言を言い出した。
それらを聞いていたダモクレスが、あっ!と出し抜けに立ち上がる。
「そうだよ! 何で気づかなかったんだろう?! 体と心だ!」
「ど、どういうことですか?」
「おそらく人狼は、体が変化することで心を持っていかれるんだと思う。つまり、体の変化さえ抑えることができたら、自我を保てるわけ」
「ということは…凶暴性や自我の保持に関しては特に注意すべきことではないと?」
「そういうことじゃないかなー」
セブルスの問いかけに、ダモクレスはうんうんと頷いた。
「満月を見なくても、その日が満月だと知らなくても変化は起こるって確か書いてあった。ということは」
「体が月の満ち欠けを知らぬ間に感知して、変化している……」
「そういうことになるね」
そんな二人の話を聞いていて、キラは再び頭の中でパッと閃いた。
「あの!」
「ん?」
「満ち欠けのサイクルは決まっているから、そのサイクルで必ず変化が起きるような遺伝子が組み込まれているのではないでしょうか」
「……イデンシ?」
キラの言葉に、二人がきょとんとする。
「い…遺伝子、です…」
何か間違ったことを言っただろうか。
キラの声が小さくなる。
「なんだそれは」
「え…」
「イデンシ…聞いたことないね」
二人が訝しげに「イデンシ…」と繰り返すので、キラは焦った。
人狼の遺伝子だ!と思って言ったけれど、もしかして魔法界ではそういう概念がないのかもしれない。
科学の発達のないこちらでは、遺伝子などという言葉も無いのか。