第16章 追いかけたい
結局謝る機会を逃してしまったのだ。
自分をどう思っているのだろう、と案じつつも言い出すことはできなくて。
「なんだ?」
「いえ! なんでもないです」
突然の呼びかけに驚いて首を横に振る。
(あ……)
今言えば良かった、と再びチャンスを逃したことにキラは肩を落とした。
「それで。どうして脱狼薬を?」
セブルスが声を潜めてダモクレスに問いかける。
「キラの国では薬としてトリカブトを使うんだよ。ってことは、これはウルフズベーン…狼殺しと言われる草だよ? 人狼の狼の部分に効きそうじゃない?」
「だがこれは猛毒だぞ。狼の部分に効くどころか死んでしまう」
「だから。キラの国では、減毒処理をして薬にしてるんだよ。その処理の加減が分かれば、きっと上手くいくと思う」
「しかし…どうやって効果を調べるんだ? 治験なんてできるのか?」
セブルスの疑問にダモクレスはニヤリと口の端を吊り上げた。
「何のために俺がディリスに行くと思ってるのさ?」
「だが…」
「それに、脱狼薬は需要がある。匿名での治験者募集なら飛びつく"患者"はそれなりにいるはずだよ。たとえ…それが危険な薬でも、ね」
「……それは」
「大丈夫。キラには言わないから」
「……」
セブルスはそれきり押し黙る。
ネイティブの早口と専門用語の応酬で、キラはほとんど聞き取れなかった。
「あの…それで、結局この薬って、何の薬なんですか?」
キラは改めて二人に問う。
「この薬はねー、新薬なの。だからあんまりおっきい声では言えないから」
ちょっと耳貸して、とダモクレスはキラの耳元に口を寄せる。
「ウルフズベーンポーション、つまり人狼を人間に戻すための薬だよ」
「人狼を…?」
「はい、これ以上はまた温室でね」
スパッと切られて、キラはただ頷くことしかできなかった。
その日はとりあえずダモクレスがトリカブトを自室に持ち帰ることとなった。
翌日は土曜日だったので、三人が再び顔を付き合わせるのは明後日の日曜日になってからだった。