第12章 夏の始まり
そして、かなり高齢になったスカーレットがそろそろ本当に跡継ぎを決めなくては…となったとき、白羽の矢が立ったのがキラの母、菫であった。
セシリー譲りの旺盛な好奇心によって、菫は面白そうだと二つ返事で当主を引き受けた。
祖父は自分の後を継ぐのは婿入りした譲で、と考えていたが弟子の誰かが継ぐのでも構わないということで共に渡英することになった。
そのとき、実はキラも一緒だったのだ。
「え…全然覚えてない…」
「覚えてなくて当然なの。色々あって…貴方の記憶を消さなくちゃならなくなったのよ」
「記憶を…消した…?」
「えぇ。これはわたしのお母様の指示でもあったけど…そうした方が貴方のためになると思ったのも本当なの」
「…どういうこと?」
「貴方たちがイギリスへ行って、ブルームの屋敷に着いたその日のことだったわ」
幼いキラは両親に手を引かれ、先導するセシリーの後についてブルームの屋敷に足を踏み入れた。
そこで一番最初に見たのは、複数の醜い屋敷しもべ妖精が働く姿だった。
キーキー耳につく声と、その恐ろしい風貌にキラは火がついたように泣き出した。
その途端、屋敷中に飾られていた豪華絢爛の、いくつもの美しい大輪の花が全て枯れ始めた。
突然のことに屋敷しもべ妖精たちはもちろん、セシリーも驚いた。
そこへ栽培用の庭園にいた屋敷しもべ妖精たちが狂ったように『庭が!庭が!!』と叫びながら屋敷に転がり込んできた。
『大奥様!庭が!庭の樹木が枯れていきますです!!!』
何人もの屋敷しもべ妖精がスカーレットの元に集まってくる。
その様子にキラはさらに大声を上げて泣いた。
すると、窓の外に見えていた木が見る見る内に葉を落とす。
セシリーとスカーレットはハッとしてキラを見た。
キラが泣くほどに、植物が枯れていくのだ。
スカーレットは鬼のような形相でキラに向けて杖を振った。
キラが突然ぐたり、と意識を失ったので菫と譲は焦った。
しかし、腕の中のキラが寝息を立てているだけと分かって胸を撫で下ろした。