第12章 夏の始まり
温室での時間はとても穏やかで、心が凪ぐ。
セブルスとダモクレスと、三人で過ごすのがキラはとても好きだ。
アプリコットティーはいつもセブルスが淹れてくれるお決まりのフレーバー。
その香りが気持ちを静めてくれるのだ。
祖父と共にちゃぶ台の前に腰を下ろす。
縁側からの風が何度か風鈴を鳴らした頃、セシリーがお茶の用意を持って戻ってきた。
「どうぞ、あなた」
「あぁ」
真夏だと言うのに、祖父は湯気の立つ緑茶をすする。
「キラはアイスティーで良かったわね」
「…うん」
アプリコットティーは冷たくて、激昂して乾いた喉を潤してくれた。
「……菫たちのこと…黙っていて悪かったな」
祖父はごとりと大きな湯のみを置いて、浮かんだ茶っ葉を見つめる。
セシリーも大きく頷いて、その後を引き受けた。
「菫がブルーム家の当主で、イギリスに住んでいるのは本当だけど…世界中を飛び回っているというのも、本当よ。譲さん…お父さんはプラントハンターだから」
プラントハンターというのは、その名のごとく植物ハンター。
まだまだ知られていない植物が世界中にたくさんある。
そんな珍しい植物を探し出したり、季節外れの花を探して欲しいと依頼を受けて世界を飛び回る職業である。
「菫は、ヴァイオレット・ブルームとしてブルーム家を継いだの。譲さんは、ジョー・ブルームという名で仕事をしているわ」
父の名はゆずる。漢字の読みを変えて英名としたのだと言う。
「それで…どうして黙っていたか、だけど…」
どう説明したらいいかしら、とセシリーは首を捻りながら、ぽつぽつと話し始めた。
「キラが小学校に入るより前に、菫はブルーム家の当主になったわ。それまではわたしの母、スカーレットが当主だったの」
スカーレットには子どもが4人いる。
セシリーは三番目の長女で、後は全員男兄弟だった。
男兄弟は皆当主の器ではなく、スカーレットは初めセシリーに家督を継がせようとしていた。
しかし、セシリーが日本へ嫁ぐことになってしまったためその話はご破算。
そのままずっとスカーレットが当主の座に留まり続けてきた。