第12章 夏の始まり
ティーセットをゴティに届けてもらうことにして、ナルシッサが去った後。
キラは大きなため息をついて、ベッドに腰を下ろした。
傍らに広げたドレスはきらきら輝いて見えたが、自分に相応のものにはとても考えられなかった。
(今のブルーム家の当主はヴァイオレット・ブルーム…女性なんだよね)
ルシウスから手紙が届いた日から、キラはブルーム家について調べ始めた。
そこでわかったことは、祖母セシリーはブルーム家当主になったことがない、ということだった。
現当主、ヴァイオレットの前の当主はセシリーの母親、スカーレット・ブルームで、スカーレットに関しては自叙伝があった。
しかしそれは彼女が比較的若い頃に書かれたもので、キラからすれば随分昔のお話だった。
スカーレットまでのブルーム家当主に関する書物はちらほら見つけられたが、それ以降はセシリーの出版した植物学のものしかない。
つまり、現当主であるヴァイオレットという人物に関する記述はどの本を探しても、過去の日刊預言者新聞を探しても、名前と性別しか載っていなかった。
スカーレットの子どもはセシリーの他に三人いたが、そこにヴァイオレットの名前はない。
(ヴァイオレットって、誰なんだろう)
セシリーの兄弟がお嫁さんをもらったのかと思ったが、息子が当主をやらずにその嫁が当主をするというのも中々考えがたいことだった。
祖母がキラをブルーム家に連れて行かないのには、その辺りに秘密があるのかもしれない。
キラはそう思い始めていた。
ベッドにごろりと寝転んで、天蓋を見つめる。
窓から入る風が心地よい。
日本とは全然違う、夏の匂いを胸いっぱい吸い込んでキラは瞳を閉じた。
(ルシウスは何を知ってるんだろう……)
キラが穏やかな寝息を立て始めてから数十分後。
ゴティが用意したティーセットがテーブルに出現した。
紅茶から湯気がふわりと立ち上っていたが、それもやがて消えていった。
「ん…」
寝返りを打とうとして、キラはパチリと瞼を開いた。
「い、今何時?!」
ガバリと体を起こし、窓の外を見る。
空はすっかり暗くなって、冷たい風が部屋に入り込んでくる。