第10章 見つめるその先
祖父母の家ではまだ寒い2月終わり頃に梅や牡丹が咲き始め、3月終わり頃には木蓮が大きな花を開く。
近所には菜の花畑があって、一面黄色い絨毯になる。
そして早咲きの枝垂れ桜に次いで染井吉野が咲き誇り、風に舞う。
日本人なら誰でも愛する光景が目に浮かぶ。
「…オーキデウス」
キラは杖を取り出して、空中に向かって呪文を唱えた。
今日、呪文学で聞いたばかりの呪文だったからなのか不発に終わる。
「…んんと…」
キラはもう一度杖を振る。
今度ははっきりと桜をイメージして、心の中で唱える。
(オーキデウス。桜よ…舞え)
ひらひら、と薄紅色の花びらが数枚だけ落ちた。
「…難しい…」
こんなんじゃ全然足りない、とキラは躍起になって杖を振った。
「オーキデウス」
「オーキデウス」
「オーキデウス」
「オーキデウス」
しかし、満足いくだけの桜は出てこない。
(全然ダメだ…)
夕食に遅れるわけには行かないので、キラは杖を振りながら温室を出る。
廊下で魔法を使ってはいけない、なので城に入るまでの道中はいいだろう…そう思っていたのだが。
「Ms.ミズキ。勉強熱心なのは感心するが、それは校則違反だよ」
「――へ? …あ…」
いつの間にか城へ足を踏み入れていたらしい。
スラグホーンが苦笑している。
「すみません…」
「違反は違反だから、罰則を与えねば示しがつかん」
「そ、そんな…」
「夕食の後、私の部屋に来なさい。20時だ。君のおばあ様が見せてくれるSAKURAが私は好きでね…杖を忘れぬように」
セイウチのような髭を撫でてスラグホーンは器用にウィンクをしてみせた。
「っ! わかりました!」
彼の真意を知り、キラは大きく頷く。
駆け出したい気持ちを抑えながら、スラグホーンに一礼して早足で大広間へ向かう。
(桜吹雪をプレゼントにしよう…!)
スラグホーンの一言が決定打だった。
百合を育てるぐらいなのだから、花が嫌いだということはないだろう。
こちらに桜はないし、きっと驚いてくれるはずだ。
プレゼントが決まったところで、ようやく心置きなく食事が取れそうだった。