第3章 水を乞いて酒を得る
「もうすぐ閉館ですー」
その一声で皆一斉に片づけを始める。
・・・あとちょっとなのに、気になるな。
先輩とのやり取りの後、いつものように本に潜水していた私は、受付で手続きをして借りて帰ることにした。
手続きをしている間に、ほとんどの人は帰ったらしく、先輩も出ていくところだった。
数秒遅れて私も出ていく。あわよくば一緒に帰れたらな・・なんて思っていたのに、先輩はもう数十メートル先にいた。
追いかけようと走ってみるものの、距離が一向に縮まらない。体育祭は補欠組の私は、そろそろ息が上がってきた。
もうだめ、追い付かない。
「橘先輩!!!」
限界がきて吐く息が多くなり、少しヤケになったような気分のまま呼び止めたせいで、思っていたよりも声が大きくなった。
「はい!」
びくっと姿勢を正して気を付けの体をとった先輩はゆっくりと振り返る。
「・・・あれ?君は・・」
「ちょ・・まってくださ・・ごほっ」
「えっ!?うわ、わわわわ大丈夫!?」
ぜいぜいと息を切らして座り込んだ私を心配して、先輩は目の前まで戻って来てくれた。
「ふー・・・」
「落ち着いた?」
「はい・・すみません、呼び止めてしまって」
「いや、それはいいんだけど・・どうしたの?」
「えっと・・図書室から先輩を追いかけて走ってたんですけど・・追い付けなくて・・」
「ここまでずっと!?・・・ごめんね、気づかなくって」
「いえ!そんな!私が勝手に追いかけただけなんで・・・」
「それで、俺に何か用事だった?」
「えっ・・と・・あ!あの、耳栓ありがとうございました。正直助かりました・・」
「あはは、あれはちょっとね。図書室なのに、ね?」
「ですよねー・・そ、それでですね、昨日のお礼をしたいなーっと思って」
「お礼?いいよそんなの」
「いえ!そんな・・悪いです」
「ええー?」
「だから、あの・・何かして欲しいこととかありませんか?」
「律儀だね・・うーん、難しいこと聞くなあ・・・」
「・・どうでしょう?」
「うーん・・・あ、そうだ!」
「なんでしょう!」
「名前、教えてくれるかな?」
「へ?」
「君の名前」
「あっ・・・水野結衣です」
「うん、俺は橘真琴です。よろしく」
すっと右手を出されて、握手を求められていると気付く。
「・・よろしくお願いします」
可愛い人だと思ったのに、握った手は紛れもなく男の人の手だった。