第20章 《 side S 》 池袋の日常
「ごめん、遅くなった!」
「許さねぇ」
静雄の元まで小走りすると、優しく頭をぽんっと叩かれる
見上げるとそこには、「許さない」という言葉とは裏腹な優しい表情
その大きな手が、私よりずっと高いその目線が、男性らしくて格好良くて、素敵。
店に入ってからは「ただの食事」と言えばそうなってしまうんだろうけど…
些細なことがとても幸せで、充実した時間だった
「女に煙吸わせたくねぇ」と言って禁煙席を選んだり、
「これすげえ旨い。一口食ってみ?」と言ってちょっと分けてくれたり、
向かい合って座っているせいでたまに目が合って、黙り込んで…2人でクスクス笑ったり。
帰る時には2人で一つだけ、バニラシェイクを買った
さりげなく間接キスだ…とか考えてしまったけど、彼もそんな女々しいことを考えてたのかな
そうだったら嬉しいな…とか思ってしまったりして。
店を出てからの帰路は、私にとって思い出深いものだった
いや、彼にとっても、かな…
あの日
臨也さんに“怖い”という気持ちが差して、怯えながら静雄に電話して、手を握って歩いた道
静雄が優しい人だって、その手から伝わる体温が物語っていた
あの時の感情は、忘れるはずもない
彼と出逢ってから池袋での日常は変わりつつある
この街に引っ越してきてから暫くは、色のない日々を送っていた
憧れの気持ちだけで東京に来て、知り合いもいなくて、強いて言えばバイト先の先輩や店長だけが話し相手で。
静雄と過ごすようになってから、飲食店、噴水、映画館のスクリーン、ベンチ、街頭…
池袋にある何でもないものに思い出が宿ってる
何もかもが素敵で、楽しい
「ありがと」
小さく呟いて、バニラシェイクを彼の口元に持っていく
「なんか言ったか」って言われたけど、ニコニコしながら「何でもない」と返事をする
静雄はそんな私の表情を見て、微笑んで、シェイクを一口。
繋がれた右手から伝わる体温は、やっぱり優しかった