第8章 乱藤四郎
そのエレベーターに乗るまでに、45分ほど並んで待つ必要があった。審神者は乱が退屈しないかと心配したが、結果的にはそれは杞憂に終わる。二人の前に並んでいた家族連れの小さな女の子がチラチラと物言いた気に見ているのに気づいた乱が話しかけたのだ。まるで絵本から出て来たプリンセスそのもののような乱に話しかけられ、女の子は興奮した。
「こんにちは、どうしたの?」
「おねえちゃん、プリンセスなの?」
「そうだよ、今日はお城からこっそり遊びに来たの」
「おしろから?どこのおしろにすんでるの?」
「ふふっ、ずっと遠くだよ。お庭に池があって、綺麗なお花がたくさん咲いてるの。みんなで育てたんだよ?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、乱は女の子の夢を壊さぬよう答えていく。微笑ましい光景に周囲の空気が和んだ。エレベーターの順番が回って来る頃にはすっかり仲良くなり、乱は女の子と手を繋いで乗り込む。二人共楽しそうだ。
ザワリ、と空気が揺れた。
煌びやかなホールには、ガラスの靴が展示されている。普段は展示のみなのだが、一定の期間だけ、近距離で写真を撮ることができるのだ。つまり、靴を履くふりができるのである。当然そこは長蛇の列が待っていて、審神者と乱もその列へと並んでいた。順番が来て、審神者は乱を靴の前に立たせるとカメラと携帯を用意する。その時点で既に相当な注目を集めていたのだが、審神者の合図で乱が靴を履くふりをした時、どよめきのようなものが起きた。
「うわー、映画みたい…」
「キレーな子ねぇ、子役かな?」
ギャラリーから漏れる賞賛の声が聞こえてきて少々恥ずかしくなってきた乱だが、審神者はそんなこと御構いなしに写真を撮りまくっていた。
「ねぇね、もういいでしょ?次の人待ってるよ?」
「後一枚、後一枚だけだから!」
携帯のカメラを連写して、満足気な審神者は自分の靴を履き戻ってきた乱を出迎えた。
「いい写真いっぱい撮れたわよー!やっぱりモデルがいいと違うわね」
尚、この時の一枚が後日一期一振の携帯端末の待受画面となったのは余談である。