第6章 小夜左文字
目の前を通り過ぎていく幾万もの灯を、小夜は瞬きすら忘れて見入っていた。次々と現れるそれは、動画で見たものの何倍も美しい。パレードが始まる直前に買ってもらったホットココアが冷めてしまったのにも気づかず、ただただ洪水のように押し寄せる灯の祭列を見つめていた。
夕食前にお土産の買い物は済ませてあったので、夜のパレードが終われば後はもう本丸へ帰投するだけである。小夜は少しばかり後髪引かれる思いであったが、早目に帰ると審神者が言うのでそれに従った。出口へ向かう為にアーケードを進んでいくと、風船売りの女性が立っている。二人が近づくと女性は声をかけてきた。
「こんばんは。あれ?君もしかして昼間の小夜くん?」
なんと風船売りの女性は昼間審神者とはぐれた時に声をかけてくれたその人であった。小夜はうん、と頷くと風船へと視線を移す。
「こんばんは。その節はお世話になりました。さぁ、小夜どれがいい?」
審神者が再び礼を言うと、風船売りの女性は笑顔で首を横に振った。
「いえそんな、当たり前のことですから。よかったね小夜くん。どの風船がいいかな?」
小夜が見やすいようにと、風船売りの女性が少しかがむ。近くなった風船をひとつひとつ吟味して、小夜は1つの風船を指定した。
「ありがとう。今日はすごく楽しかった。風船、あれがいい。丸くてちょっと平たいやつ」
シンプルなキャラクターのイラスト入りの風船を選んだ小夜に、風船売りの女性は恭しく風船を手渡した。
「はい、小夜くん。今日はもうお家へ帰るのかな?」
「うん、お土産買ったし姉様が早目に帰るって言うから」
「そっかー。じゃあ帰り道気をつけてね?風船の中には今日の思い出が沢山詰まってるの。割れちゃったら思い出が全部なくなっちゃうから」
小夜は驚いた。風船の中には思い出がつまっている。思い出というものは心の内にあるものだと思っていたのだが、ここでは風船の中に詰まっている。決して割らないよう気をつけなければ。小夜は風船の持ち手をしっかりと握りしめた。