第6章 小夜左文字
「じゃあ小夜、園内は走らないことと、一人で勝手にどこかへ行かないこと。この二つは必ず守ってね」
「わかった。走らないで姉様のそばにいればいいんだね」
「そうそう。それじゃあ今日はまず写真を撮りに行きましょうか」
うん、と頷いて小夜は審神者と手を繋ぎ歩き出した。入場口すぐのところにある広場では、あちこちにキャラクターグリーティングの待機列が出来ている。それらをぐるりと見回して、審神者は小夜へと声をかけた。
「小夜は誰と写真が撮りたい?」
「……僕が決めていいの?」
「もちろん。今日の主役は小夜だからね」
「じゃあ……あれがいい」
小夜の指差した先には黒ネズミの飼い犬がいて、小夜とさほど背丈の変わらない子供達と写真を撮っていた。ひとしきり撮影が終わると子供達にお手をしたり頭をこすりつけたりしながらじゃれついている。
「よし、じゃあ行こうか」
審神者は小夜の手を引いて待機列の最後尾に並んだ。
「お待たせしました!どうぞ!」
グリーティングを取り仕切る係員が明るい声で案内する。ようやく回ってきた順番に、小夜は戸惑っていた。黒ネズミの飼い犬が思っていたよりも大きかったのである。しゃがんでいる時はいいが二足歩行でいる時は審神者よりも大きなそれに驚きを隠せずつい口から漏れてしまった。
「大きい……」
慌てて口を噤むが、どうやら聞こえてしまったらしい。黒ネズミの飼い犬はしゃがんだまま近づいてきた。小夜の前で立ち止まり、何故か頭を差し出す。どういう意味なのかわからず小夜は困惑した。
「ほら、怖くないから撫でてって」
周囲の大人達が微笑ましく見守る中、小夜は恐る恐る手を差し伸べた。一瞬躊躇ったが、すぐに思い直して頭に触れる。柔らかい。審神者の部屋にあったぬいぐるみのようだと小夜は思った。そっと撫でると黒ネズミの飼い犬は嬉しそうだ。知らず緩んだ口元に、審神者はカメラのシャッターを切り続けた。
「ねえ、写真撮っていい?姉様も一緒に」
本丸にいる間でも見たことのないような小夜の微笑みに、審神者は心の中で感涙を滝のように流しながら係員にカメラを預けた。後日、この写真は左文字兄弟の私室に大きく引き伸ばして飾られることになる。