第5章 燭台切光忠
人魚が宙を舞う。
さながら海中を泳ぐかのように。美しい歌声と溢れんばかりの笑顔で、人魚姫は海底に見立てた空間を舞う。
審神者が取った予約券は、「海中を統べる王の末姫のデビューコンサート」という設定のショーを見る為のものだった。円形の劇場の上部空間を海中に見立てて、宙釣りにされた演者が物語を進めていく。フィナーレでは観客席の通路を海の生き物に扮したダンサー達が練り歩く。末姫のデビューコンサートは無事成功し、海のものも陸のものも皆一体となってそれを祝う。和やかな雰囲気でショーは終了した。
「……光忠、光忠ってば!」
審神者の呼ぶ声でようやく我に返った光忠が周囲を見渡すと、他の観客達はほとんどが退場していた。ポツポツと残る観客達も、帰り支度は済んでいるようで出口へ向かおうとしている。慌てて立ち上がった光忠は、苦笑いする審神者に引っ張られるようにして劇場から出た。そのまま開場前に時間を潰していたレストランでドリンクを買い、手近な席に腰掛ける。そこでようやく光忠は口を開いた。
「なんて言ったらいいんだろうね……もう言葉も出ないよ」
「私もこのショーになってからは初めて見たけど、感動するよね」
一分の隙もなく計算され尽くしたショーは、圧巻の一言だった。身体中を巡る感動に、光忠も審神者も言葉が出てこない。ただ黙ってドリンクを口に運ぶ。暫しの沈黙の後、光忠がぽつりと言った。
「みなみがここは大丈夫だって言った訳がわかったような気がするよ」
それを聞いた審神者は、一瞬目を瞠るとクスリと笑みを零した。
「でしょ?でもまだまだこんなものじゃないのよここは」
「え?まだ上があるの?僕これだけでも充分過ぎるくらいなんだけど」
光忠の言葉に、審神者は悪戯を思いついた子供のような顔で笑って言った。
「一期には悪いけど、今日はちょっとゆっくりさせてもらいましょう。お楽しみは最後まで取っておくものよ」
本日も一時間説教コース確定である。