第5章 燭台切光忠
「凄かったね、まるで本当に海の底に潜ってるみたいだった」
「面白かったでしょ?」
九十九折の坂道を登り出口までくると、なにやら人だかりが出来ていた。時折わぁっと歓声が上がる。光忠がそれに気づいてすぐに、審神者もまた気がついたようだ。光忠の手を引き人の輪の中に紛れた。そこにいたのは清掃係の格好をした男で、身振り手振りであるはずのないものを掃除している。雑巾を持ってあるはずのない窓を拭けばキュキュッと音がし、明らかにどこにもつながっていない蛇口を捻れば水音が聞こえてくる。時に戯けながらそこにあるはずのないものを綺麗に掃除をし軽く一礼すると、男は道具をまとめて立ち去った。呆気にとられていた光忠は、隣で審神者が拍手をしているのを見て慌てて拍手する。観客が三々五々散って行くのを眺めながら、審神者にそっと訊ねた。
「今の彼は一体何者だい?何もない所で掃除をしているようだったけど」
「今のはファンカストーディアルっていって、大道芸を見せてくれる人よ。清掃員の仕事をしながら時々あんな風に芸を披露する係の人」
「へぇ……ここには変わった係の人がいるんだね」
「私達結構運がいいのよ?いつでもいるって訳じゃないから」
審神者が嬉しそうに笑うので、光忠もつられて笑顔になる。二人並んで元来た道を歩いて行く背中は、とても楽しそうだった。
再び地下へと戻ってきた二人は、時計とにらめっこをしていた。朝取った予約券の時間まで、後30分。他のアトラクションに乗るには微妙に時間が足りない。だが待つには少しばかり長い。そんな中途半端な空き時間を二人はレストランで潰すことにしたようだ。ホットコーヒーを二つ買い、手近な席へ腰掛ける。すると審神者は、あらかじめ買っておいたアイスを取り出した。冬場はこの地下区域内でしか販売していない塩味のバニラアイスである。審神者はおもむろに容器に沿って堀を作るかのようにぐるりと一周分を食べると、何を思ったのかそこへホットコーヒーを注ぎ始めた。
「え?みなみ、君何をやってるの⁈」
「んー?なんちゃってアフォガード」
「あほ……?何それ?」
「アフォガード。アイスに濃い目に淹れたコーヒーを掛けて食べるっていうスイーツのこと。食べてみる?」
ハイ、あーん、とアイスを載せたスプーンを差し出す審神者に、光忠は頬を赤らめながら口を開いた。