第2章 薬研藤四郎
「一期があれだけ反対したのは想定外だったけどね。まあ、一期にしてみれば自分がいない時に弟達に何かあったらと思うと気が気じゃないんだろうけど」
困ったお兄ちゃんよねーと、審神者は少し肩をすくめてみせた。
「いや、いち兄は姉貴のことも心配してたと思うぞ。兄弟の中には練度の低いヤツもいる。こっちには一人しか連れてこれないんだから、もしものことがあったらさ」
「そこまで責任を負うこともないんだけどね。一期は心配性すぎるのよ」
なにしろここは夢の国なんだから、と謎の自信を漲らせて胸を張る審神者。これにはさすがに薬研も苦笑した。今なら一期の心配の理由がわかるような気がする。この謎の自信はどこから来るのだろう。
「姉貴はさ、なんでここがそんなに好きなんだ?」
薬研は他意なく尋ねたのだか、審神者はその質問に押し黙る。しまった、と薬研は思った。審神者は自分のことをあまり話したがらない。それは審神者としての心得なのだが、それだけではないことを彼女の刀剣男士たちは薄々気づいていた。人間なのだから話したくないことの一つや二つあるだろうと、あえて触れずにいた領域に意図せず踏み込んでしまったことを薬研は悔やんだ。
「あ、いや、答えたくないなら答えなくていいんだ」
「……ここは夢の国だから」
「へ?」
「ここはみんなが幸せになれる夢の国だから。ここにいる間は私も幸せになっていいんだって思えたから、好きだった」
「……姉貴……」
ここではないどこかを見ているような目で宙を見やると、審神者は薬研の方を向いて笑って言った。
「でも今はね、私は幸せだからこの幸せを誰かにおすそ分けできる場所だから好きなんだよ。例えば今日、薬研とここにいるみたいに、ね」
その笑顔に曇りがないのを確認して、薬研は胸を撫で下ろした。そして自らの迂闊な発言を恥じた。主は人間なのだ。触れられたくないこともある。けれど自分達の主はもう、それを乗り越えている。何を不安に思うことがあるだろうか。
「早く兄弟達も連れてきてやりてぇよな。こんな楽しいところなんだから」
ニカッと笑う薬研に、でしょ?と返すと審神者は心底嬉しそうに笑った。