第1章 春ノ刻 土方歳三
「この書類が終わったら、少し外へ散歩に出ないか?」
「散歩……ですか? はい、構いませんが……よいのですか? 私を、外に出して」
「別に一人で行かせるってわけじゃねぇ。なら特に心配することはねぇだろ……俺が一緒に行くんだ。他の奴らも文句はあるまい」
そう言って歳三様は湯呑みを掴み、お茶を口に含む。喉を通り抜ければ独り言のように「うまい」と呟いた。勿論私はその言葉を聞き逃すこともなく、どう返せばいいか迷ったものの小さく微笑むだけにとどめておくことにした。
「もし本当によいのであれば、行きたいです! 散歩」
「なら決まりだな。終わったら呼んでやる、それまでは適当に過ごしておけ」
「わかりました。楽しみにしておきますね」
「別に楽しみにしておくほどのことでもないだろう……」
歳三様はそう言って溜息を吐いたが、その表情は意外にも穏やかなものでした。本心では呆れていない、ということでしょうか。私は嬉しく思えて、微笑んで歳三様の部屋を失礼させて頂いた。
――桜。春を強く連想させる、美しい花。歳三様にとてもよく似た、力強く咲き誇る花。
「さて、私も心置きなく散歩が出来るようにやるべきことを片付けてしまいましょう!」
◇◆◇
淡い橙色の夕陽が、縁側を照らす。平助様に誘われて、囲碁を楽しんでいた時の事。
「志摩子、此処にいたのか」
「あ、歳三様ですね?」
盤から顔を上げれば、歳三様が「何してんだ?」と言いたげな顔で私と平助様を見つめました。平助様は振り返って歳三様を視界に入れることもなく、とても真剣に盤を睨み付けています。