第3章 秋ノ刻 風間千景
「千景様……っ、それでは貴方様の方が……」
「秋風は冷えの元だ、風邪を引かれても困る。俺の妻になるのであれば、今のうちに体調管理もきちんとしておけ」
「ありがとう……ございます」
恥ずかしくて、けれどその心遣いが温かくて。微笑みながら、丘の上で二人並んで町を眺める。喧騒は遠く、何処までも続く光景に少しだけ切なくもなります。またこうして、一年が過ぎていく。来年もまたこうして……千景様と一緒に過ごせる瞬間があれば、などとおこがましいことを考えてしまいます。
「千景様、私……今とても楽しいです。蓮水の家にいた頃とは違う、自分の目で見て感じて知って……何もかもが新鮮で、けれどそれが酷く愛おしいとさえ感じるのです。この気持ちを下さったのは、あの場所から連れ出して下さった千景様のお陰です。ありがとうございます」
「ふん、礼など不要。あの池田屋事件で、お前を残して立ち去ったのはこの俺自身。見捨てたも同じ……あの時に奴らに殺されなかったのはお前の力あってのこと。俺は何も、特別なことなどしていない」
「では、そういうことにしておきます」
すると千景様は、懐から何かを取り出すと私の髪へと軽く差した。それが……一体何なのか、見なくとも私は何となくわかってしまった。
「何があっても、お前は俺の物だ。それだけは永遠に変わらない……受け取れ、とは言わん。拒否権など、お前にはないのだから。俺がいいと言うまで、持っていろ。無くしたら殺すぞ」
「……ふふっ、はい」
差し伸べられた手を、私は迷うことなく取る。
丘から離れたところで、何も言葉を交わさず千景様は黙って私を屯所前まで送って下さいました。私も特別何も言わず、ただ上着を返すのみでした。けれど……何か言わなくていけない気がして、口を開いた。
「また、会えますか?」
……――千景様は、私の頭を軽く撫でて……踵を返す。
私と貴方様だけがわかる、秘密の暗号を。私は既にこの時、受け取っていたのかもしれません。