第1章 phase1 独唱
彼女はそういいながらゆっくりと制服を着始める。
もったいないと思いたいが、現状、そのように感じる余裕はなかった。
自分の彼女が、そんなわけのわからない紋章を背中に彫られて気にしない男はいないだろう。
「まぁ取り敢えず、私の部屋に先に上がってください。
すぐにお茶を持っていきますから。」
何度登ったかわからないこの階段も、今日ばっかりは少し別の世界な気がする程だった。
紗栄子ちゃんの部屋に入ってもカバンをおろし、まだ事実であると受け止めきれていなかった。
しばらくしてから紗栄子ちゃんが上がってきて、僕の背中に抱きついた。
「大丈夫ですよ。私は決して爽さんの前から消えたりしません。
心配しなくても私は生き残って見せますよ。」
「…そんな事…信じられるわけ…」
そう言って僕の言葉はそれ以上続く事は無かった。
何かに絶句したわけではない、ただ、言葉を発する機関が何かに塞がれたのだ。
暖かい感覚とともに、彼女の顔がすぐ近くにまである。
それは口付けという行為で、彼女と付き合って1年だが、初めでのキスだった。
「ね、爽。
無茶しないようにするから。」
「……あぁ…」
「好きよ…愛してる。」
その言葉の中僕は微睡んだまま彼女をベットに押し倒した。
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目が覚めたのは夜とも朝とも言えない深夜の時間だった。
隣に紗栄子ちゃんはおらず、僕はワイシャツに制服を履いて一階に降りた。
暗く静まり返り、闇に目がなれるには少しかかった。
だが、人の気配一つ無い。
「紗栄子ちゃん、どこにいる?」
ポツリと呟いた言葉は闇に飲み込まれ、そのまま静かに霧散した様に感じた。