第7章 唇から伝染する
私が一通り話し終えると、総悟くんは、ぼそっと呟いた。簡単なことじゃないですか、と。
「佐賀見とかいう男は、俺が追い払ってやりまさぁ。ひとまず、それで一個解決でしょう?旦那の方は……そうですねィ…」
彼は少し考えたあと、私に笑いかけた。____俺に任せてくだせぇ。
私は自分のことに人を巻き込みすぎているんじゃないかと思う。攘夷志士の一件もそうだが、今回も、人に頼ってばかり。結局、私は、何も____
「美和さん…?どうかしやしたか?」
「あ、いや、なんでも……総悟くん、度々ごめんね。何かお礼を…」
「………さい」
「え?」
「”そーちゃん”って……呼んでください」
私を見つめる総悟くんの瞳は、心なしか潤んでいる気がした。
*
そして、坂田さんと話さないまま、日曜日がやってきた。一応社会人だし、と、人と会うのに恥ずかしくない程度の身だしなみを整えつつ待っていれば、家のチャイムが鳴る。
「おはよう。……そーちゃん」
「おはようございまさぁ」
今日は、いつもの隊服ではなく、着流しを着ていた。私が昨日のお願い通り、そーちゃん、と呼べば彼は微笑んだ。
実を言えば、”そう”呼ぶのに抵抗があったのも事実だ。時々悲しげな、切なげな表情を浮かべる彼に何か過去にあったというのは明確で。
私を通して、別の人を見ているのだろう、と容易に分かった。
「あ、っ!美和さん、来てくださったんですね!……そ、そちらは?」
「あんたが佐賀見さんとやらですかぃ?わりーが、俺の女には手を出さねーで貰えやすかね」
「なっ……!!」
大江戸遊園地の前に10時ぴったりに訪れれば、佐賀見さんは私を見つけるなり駆け寄ってきた。そして総悟くんを見つけ、軽く目を見開く。そして続けて飛び出した言葉に、目が落っこちるんじゃないかというくらい驚きを隠せない様子だった。
「あの…すみません。私は貴方の気持ちには答えられません」
「……俺、自分が思うより性格悪いみたいです…。あの、美和さん、一つだけお願い聞いてもらってもいいですか」
「え?」
「この人と貴方が、そういう仲だという証拠を…観せてください」