第7章 唇から伝染する
「お前、泣いてんのか…?」
「っ、」
「………めんどくせェ…」
彼がぼそっと呟いたその言葉は、私の心を深く抉った。めんどくさい、女。確かにその通りかもしれない。でも私は、貴方に近づきたかっただけだった。こんな行為だけの愛情確認ではなく、佐賀見さんのことを話して、引き止めてもらいたかっただけだった。行くな、と。その一言がもらえれば十分だったのだ。
「ほんと、そう…ですよね。めんどくさいですよね。はは…すみませんでした。帰りますね」
坂田さんの腕の中から抜け出して、廊下を足早に歩く。私の名前を呼びながら、口にチョコを付けた笑顔の神楽ちゃんが近寄ってきて____私の顔を見て、笑顔を消す。
「美和……?どうしたアルか…?」
「オイ!美和!!」
ドタドタと後ろから聞こえる足音と、私を呼ぶ声。手首をがっと掴まれる。それを、思わず払いのけた。
「嫌っ……!!」
その言葉は、今までとは違う、明確な拒絶の意を表していた。
万事屋から出て、我が家へ足早に入り鍵を閉めた。なぜか涙は止まらなかった。
*
明くる日は、泣き疲れて寝たせいもあり酷い顔をしていたけれど、仕事を休むわけにもいかず、そよ姫の元へ向かった。
いろいろな人に心配されたが、借りてきたDVDで泣いてしまったと嘘をつき、笑顔を振りまいた。
「美和さん、お久しぶりですねィ」
「……あ、総悟くん…」
「今からお時間ありやすか」
「う、うん」
「じゃあちょっと話しやしょう」
そして、総悟くんが連れてきてくれたのは近くの大きな公園だった。私をベンチに座らせてその場を離れた彼は、しばらくして缶のココアとコーヒーを買って戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう…」
「なんかあったんですか」
ココアの暖かさは、初秋の冷たい風に充てられた私に、沁みたような気さえした。ポツポツと話し出す私の言葉を、総悟くんは黙って聞いてくれていた。