第4章 それは予防線
「ねえ、美和」
耳元で響く、甘ったるい声。吐息交じりのそれに、自然と力が抜けてソファーに身体が沈み込む。
掴まれていただけの手は、いつのまにか押さえつけられていて、ソファーのスプリングが音を立てる。
「坂田さっ、」
「………お前さ」
「なんですかっ………っていうか、早くどいてください!」
「やーだ」
やだって何!子供じゃないんだから…!____と、文句の一つも言ってやろうと顔を上げると、考えていたよりずっと近い距離に、顔が自然と熱くなった。
「なんだよ、お前。顔すげー赤いけど」
「なっ………!」
くっ、と、喉の奥で笑うような、押し殺したような声が耳の奥で響く。いつものぼんやりとした眼じゃない、獲物を捕らえた獣みたいな____。もうやだ、なにこれ。なにこの状況。
「いいから____……!いいから早くどいてください!!」
「うごっ!?」
坂田さんの鳩尾にしっかり入った私の膝蹴り。すごい声を上げて私の上からどいた坂田さんと距離を取りたくてソファーから飛び降り、部屋の隅っこで壁を背にして座り込む。
お腹に手を当てながら顔を上げた坂田さんは、さっきとは違ういつもの目だった。
「お前な……女が膝蹴りで男を倒すって…」
「もっ、元はと言えば坂田さんが変なことするからでしょう!というかなんで私の家に来たんですか!?用件を言ってくださいよ!」
「あー……そうだった…」
坂田さんはいそいそと立ち上がり、私のそばに寄ってきてしゃがみ込む。
「おまえ、総一郎くんと付き合ってんの?」
「………誰ですか?」
「ほら、真選組の……沖田?」
えっ、と私の口から間抜けな声が出た。
そんなことを聞くためだけに来たの?もちろん質問の答えは否だが____坂田さんはそんなに暇な人だったのか?
いや、それとも___
違う、私はなにを考えてるの!
「ち、違うに決まってますよ。そんな、今日初めて会ったのに……」
「へー。お前、 初めて会った奴を家に連れてくるくらい軽い奴なの?」
「なっ…………!」
「なんて冗談だけどな。あいつすげードSだぞ?関わると………ってお前、また顔赤く」
「バカにしないで!!!!帰ってください!!!」
また歌舞伎町に、私の怒号が響き渡ったのだった。