第9章 ここにいる理由③(黒尾&孤爪)
着替えや生活道具を詰め込んだ早川の鞄を自転車のかごに押し込む。
「うわ、これハンドルとられて危ないよ。ましてや二人乗りとか無理。」
「え、そんなに?大分減らしたつもりだったんだけどな……。」
「またいつでも取りに来れるんだから少しずつにしなよ。」
「うん。次からそうする。」
全く反省の様子を見せない早川に、孤爪は諦めて自転車を押し始めた。
「俺もう絶対付き合わない。今度からクロに頼んでよね。」
「ある程度運んだら、あとは業者に頼むかな。家具もあるし。」
「もうすぐにそうしなよめんどくさい。」
孤爪は文句を言いながらも、早川の歩く速さに合わせてゆっくりと自転車を押した。
「クロ今夜も遅いのかな。」
「そうみたいだよ。」
「そっか。忙しいんだね。大変だ……。」
早川がそう言うと、孤爪は冷静に切り返す。
「ナギは人の心配してる場合じゃないからね。早く仕事辞めなよ。」
「……うん。そうだね。」
「ナギは、人と話すのはあんまり得意じゃないけど、
じっくり考えたり作業したりするのは向いてると思うから、
そういう仕事の方がいいんじゃないかな。」
ぼそぼそと声を漏らすと、早川は感動したように彼を見上げた。
「考えてくれてたの?」
「たまたま。いま思いついただけ。俺も、人と話すよりパソコンいじったりしてる方が好きだったし。
ナギもそうなんじゃないかなって。」
「……うん。確かにそうだ。」
「あと、そうやって素直すぎてすぐ人に影響されるから、
誰かと競争するような仕事はやめたほうが良いと思う。
接客とか販売とか。」
「その通りかも。ほんと、研磨って洞察力鋭いよね。」
「ナギももうちょっと鋭ければいいのにね。」
彼が少し意地悪く言うと、早川は頬を少し膨らませた。
その顔を見て、孤爪は呆れた声を出した。
「そういうのも、もういい歳なんだからやめなよね。」
指摘されて、早川は真顔に戻る。
「研磨、私、週明けに会社行ったら、辞めるって言う。」
「うん。」