第8章 ここにいる理由②(黒尾&孤爪)
「でもあいつも、大変な時期があってさ。
実家から仕事通ってた時期は、それこそ帰れない日が多くて、
点滴打って会社行ってた日もあったし。
あれはちょっとやばかったな。」
「そうなんだ……。」
「それで、せめて職場の近くに住もうってルームシェアを持ちかけたんだ。
俺ももう少し都心の近くに住みたかったし。」
黒尾はプシュっと音を立てて缶を開けた。
「じゃあ、研磨の職場ってここから近いの?」
「自転車で15分。電車なくなっても帰ってこれるとこにした。」
「それはいいね。」
早川も缶を開けて、乾杯、と小さく言い合った。
「それからは仕事も慣れてきたみたいだし、大分落ち着いてきたかな。
今では『休ませないと仕事辞める』って上司を脅す度胸までついたみたいだぜ。
まあ、それだけあいつが職場で必要とされてるっていう証拠なんだけどな。」
黒尾が笑いながらそう言うと、早川も小さく笑った。
「いいなあ。私もがんばらないとなあ……。」
早川はぐいっと酒を喉に流し込んだ。
「クロ、さっき私に、仕事辞めたらいいって、言ったでしょ?」
「……ああ。」
「私も自分で、今の仕事向いてないって分かってる。
異動願いは出してるの。もうずっと。」
早川は空になった缶をテーブルに置いた。