第5章 君は僕と会わないほうがよかったのかな(二口 堅治)
「え、なんて?」
俺の部屋で一緒にご飯を食べていた時だった。
今でもよく覚えている。夏の終わりの夜だった。
開け放った窓から風が抜けて心地よかった。
「卒業したら実家に戻ろうかと思ってる。」
凪沙はカレーの入った皿に視線を落としたままそう告げた。
「どうして?就職は?」
「向こうで、パパの会社で事務仕事したらいいって、ママも言ってる。」
凪沙の父親は俺たちの地元で有名なメーカーの役員だった。
「東京、楽しくない?実家が恋しくなった?」
俺は責めるような口調にならないように気を付けながら声を出した。
「そうじゃないけど……。」
その返事に俺はほっとして、凪沙に向かって告げた。
「凪沙、結婚しよう。」
「えっと……あの」
「すぐじゃなくていいから。」
俺は彼女の言葉を最後まで聞かずに遮った。それは今も後悔している。
「ゆっくり考えて、返事してよ。」
そう言って俺は凪沙を抱きしめた。
すると彼女も持っていたスプーンを置いて、俺の背中に腕を回した。
「凪沙のこと、好きだから。」
「うん、私も。好きだよ、堅治。」