第21章 affettuoso(孤爪 研磨)
「けんまー。お風呂あがったよ。」
夜、リビングでゲームをしていたおれに、凪沙が飛びつく。
「げ。ちゃんと髪ふきなよ。」
ぽたぽたと雫を落とす彼女を軽く睨むと、渋々といった様子で肩に掛かったタオルで髪をおさえた。
「ドライヤーは?」
「いい。」
「だめ。今日寒いから、風邪ひくよ。」
おれは仕方なく洗面所からドライヤーを持ってきてやる。
「はい、耳塞いで。」
コンセントにつないで、スイッチを入れる。
凪沙はぎゅっと目をつむって、両耳に掌をあてた。
「すぐ終わるよ。」
しっとりと湿った髪に温風をかける。
凪沙は大きな音が苦手だ。ドライヤーも、掃除機も、トラックの通り過ぎる音も。
我が家ではテレビもうんと小さな音で見る。
時々思うことがある。
凪沙にできないことが多いのは、俺が彼女の分まで奪ってしまったからなのかなって。
母さんのおなかの中にいるときに、本来彼女に与えられるはずだった能力を、俺が横取りしちゃったことが原因だとしたら……。
クロにその話をしたら、そんなわけあるか。って笑われたけど。
「ごめんね。」
ドライヤーの音に紛れて、そっと謝った。
ふと、窓の外に目を向けると庭の木が揺れているのが見えた。
今夜から風が強くなると天気予報で聞いたのを思い出す。
「終わったよ。」
音が止んで、凪沙はぱっとこちらを振り返る。
「ありがと。」
「はい、これ片付けといて。」
凪沙にドライヤーを手渡して、おれはゲームを再開した。