第20章 三月の微熱(花巻 貴大)
去年のちょうど今頃、俺は早川をふった。
よく試合を見に来る子の一人として彼女の顔を認識してはいたものの、
てっきり及川目当てだと思っていたので、告白された時はとにかく驚いた。
緊張で上ずった声で「花巻先輩のことが、好きです。」そう告げる彼女を見て、その小さくて細い身体のどこにそんな勇気があるのだろうと妙に感心したものだ。
別に彼女を作らないと決めていたわけじゃないが、そこそこモテる俺は、その気になればいつでもできると高をくくっていて、その時の早川に対してそりゃかわいいなとは思ったけどやっぱりよく知らない子だし、
ていうか及川とか矢巾の愚痴をさんざん聞かされて恋人というものの存在に疑問すら持っていたのもある。
まあそんなこんなで、とにかく俺は「ごめんね。」とその場ですっぱり早川をふったのだ。
それで全て終わった。
と思っていたのは俺の勘違いだったらしい。
早川はそれからも校舎で見かける度、試合の応援に来る度に俺に話しかけてきた。
「お前さあ、気まずくないの。」
そう聞いてみたことがある。確か、夏休み直前の暑い日だった。
夏服の薄いシャツから伸びた白い腕がキレイだなと思った。
「なんでですか。」
「俺、お前のことふったじゃん。」
うーん、と早川は数秒考えてから、ぱっと顔を上げた。大きな目がくるりとこちらを見つめる。
「だからじゃないですか。もうフラれてるから、それ以上怖いことなんてないんですよ。」
「そんなもん?」
「そんなもんですって。あ、でも、花巻先輩が迷惑なら、やめますけど……。」
不安げな声を出す。
「べつに迷惑じゃないよ。俺さ、いろんな女の子に告白されるけど、どの子もふったらそれでおしまいよ。
二度と試合も見に来ないし、校内ですれ違っても無視。まあ、気持ちは分かるけど。ちょっと寂しいよね。」
早川は、そうなんですか。と小さく相槌を打つ。
だから、早川が前と変わらず応援してくれたり話しかけてくれるのが、素直に嬉しかった。
何て事は言えるわけもなく
「だから、お前ってちょっと変わってるなーって。」
ごまかして笑って、いじわるのつもりで彼女の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。