第17章 てのひらの恋(澤村 大地)
彼女は本当に強かった。ゼミの男連中よりは断然強い。
つぎつぎに空になって行く缶を眺めながら、俺は彼女の論文のことを聞き出した。
その話はおもしろかったし、真面目な話をしていれば変な空気にはならないという安心感もあった。
「早川さんて、意外と優秀ですよね。びっくりしました」
「意外と、は余計だけどね。澤村君、お酒強いね。」
「でもさすがにそろそろ回ってきましたよ。早川さんは大丈夫ですか。」
「……酔っちゃったかも~。なんてね。」
彼女は俺の腕に寄りかかってきた。
この人は、どこまでが冗談なのか分からない。
「澤村君は、彼女いないんですかー。」
りんごサワーを飲みながら彼女が聞く。
「いませんよ。先月別れました。」
うっかり正直に答えてから、あ、この雰囲気ちょっとやばいかも。
「ふーん。じゃあ別に遠慮することないじゃん。」
予想通り。早川さんが俺の顔に手を伸ばした。
「ね、しよっか。」
ラグマットの上で膝立ちになった早川さんが耳元でささやく。
「どうせ、私相手なら悪い噂も立たないし。後腐れないし。いいんじゃない?」
アルコールの匂いを纏った身体を密着させてくる。
やばいやばい。俺だって健康な男だ。これ以上挑発されれば理性を保つのも難しい。
「やめてください。」
俺はなるべく冷静を装って彼女の手を振り払った。
早川さんは驚いたように目を見開いてから、少しだけショックを受けたような表情になる。
しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐにヘラヘラとした顔に戻った。
「つまんないの。きもちいことできたらいいじゃん。」
「そう言う問題じゃないでしょう。もっと自分を大事にしたほうが良いですよ。」
我ながら月並みなこと言ってるなーと呆れてたら、案の定彼女は笑い出した。
「澤村君って大学生の皮をかぶったおじさん?自分を大事に、なんて今時月9ドラマでも言わないよー。」
さすがに少しムっとしたが、コロコロと笑う彼女はやっぱりかわいくて、
どうしてこんな人があんな噂になるようなことをしているんだろう……と不思議に思う。