第9章 ここにいる理由③(黒尾&孤爪)
それはあの日、早川が捨てたはずの指輪だった。
「これ……。」
「全部捨てることないと思う。そのくらい取っときなよ。」
孤爪はそう言って掴んでいた手を離した。
「ナギ、自分でも言ってたでしょ。良いことばっかり思い出すって。
それを全部忘れようとするなんて無理があるよ。
10年も一緒にいたならなおさら。」
やはり酔っているせいか、いつもよりスラスラと話す孤爪の言葉は、早川の胸にじわりと広がった。
「でもね、忘れることより、覚えたままいる方がずっと苦しいんだよ。」
涙を浮かべて、彼女はそう訴えた。
「だから俺とクロがいるんでしょ。」
ソファに横になったまま、孤爪は言葉を繋いだ。
「俺は大したことはできないけど、クロはそういうのすごく上手だから。
ナギが早く元気になれるように、ちゃんと手伝ってくれると思う。
だからナギは、全部捨てようとしなくていいよ。
それ、大事な物だったんでしょ。」
早川は何度も頷いて、何も言わずに涙をこぼした。
「すぐ泣くのやめてよね。もういい歳なんだから。」
いつものように呆れた表情を作ってから、孤爪は目を閉じた。