第9章 ここにいる理由③(黒尾&孤爪)
「もしもし研磨?」
「あれ、ナギ?クロは?」
「今ちょっと手が離せないみたい。何か伝える?」
電話の向こうはやけに騒がしく、孤爪の声が聞き取りにくい。
(まだ飲んでるのかな。)
「うん、後輩が酔っちゃって、
俺これから送って行かなきゃいけなくて、
遅くなる。それで、俺今日家の鍵忘れてきちゃったから、
ポストに入れといてほしいんだけど。」
「あ、うん。分かった。入れとく。研磨大丈夫?」
「え、なにが?」
「ちょっと研磨テンション高そうだから、酔ってるのかなって。」
「やめてよ。酔ってない。じゃあね鍵お願いね。」
そう言って電話は切られた。
「研磨なんだって?」
コップに入った水を持って黒尾がやってくる。
「なんか酔っぱらった後輩を送ってくとかで遅くなるって。
鍵忘れたからポスト入れといてって言ってたから、私後で入れとくね。」
「ふーん。後輩ねえ……。」
黒尾が意味深にニヤニヤすながらコップを手渡す。
「なに?」
ソファに座ってそれに口をつけながら早川が聞く。
「いや、女の子だったらおもしろいなあと思って。」
「え……。」
「研磨はそんなことないって言ってたけど、
あいつ最近後輩の女の子からモーションかけられてるっぽいから。」
黒尾は新しい缶ビールを手に早川の隣に腰を下ろした。
「え。そうなんだ。びっくり……。」
「あいつ仕事はできるみたいだし、
少し変わってるけど顔も性格も悪くはないから、
好意を持つ女の子はいると思うんだよね。」
「うん。私もそう思う……。」
水を飲みながらぼそりと呟く早川の顔を覗き込んで、
黒尾は意地悪く笑った。
「心配?」
「別に。だって研磨の自由だし。」
「そりゃそうだ。」
黒尾は喉を鳴らしてビールを飲んだ。
それから決定的なひと言を浴びせる。
「でも、ナギはずっと研磨のこと好きだっただろ。」