第11章 カウンター
彼の家にお邪魔するのは、いつまで経っても慣れそうにない。
家族がいるならなおのこと。
「とーちゃーく」
抱えられた身体をよくやく床に降ろされて、違う意味での緊張感が漂う部屋の中、結はカクカクと機械のように足を踏み入れた。
「お、お邪魔します」
「手と足が同時に出てるっスよ。オレの部屋にはもう何度も来てんのに、いまさら何キンチョーしてんの」
からかうような声を軽くスルーしながら、結は遠慮がちに視線をめぐらせた。
窓辺を飾るロールスクリーンは、センスが光るブルーグレー。
そして、壁際に置かれた少し大きめのベッドを覆うカバーは海を思わせる深い藍色。
(駄目だ。なんか思い出しちゃう……)
このベッドの上で黄瀬に抱かれたのは、一週間ほど前のこと。
結は、火照る頬を手でパタパタとあおぎながら、さりげなくベッドから目を逸らした。
「結、ナニ考えてンの?」
「確信犯め」
楽しげな気配からぷいっと顔を背けると、見るからに勉強の痕跡のない机に逃げるように向かう。
雑然と積み上げられている教科書の類はともかく、DVDはバスケ関係のものだろうか。
「ひとつくらい怪しいやつが……」
ひとり余裕を見せる恋人が悔しくて、結はその山に手を伸ばした。
「そ、そんなのある訳ないっしょ!」
「そんなに慌てて……ますます怪しい」と笑いながら振り返った拍子に、ふわりと広がり、音もなく足に纏わりつくフレアスカートの白に、黄瀬は思わず目を細めた。
淡いイエローのシャツブラウスは、女性らしいシフォン素材。
アクセサリーこそないものの、今日の装いはパンツスタイルが多い彼女の精一杯の頑張りに違いない。
「あーやっぱガマンとか無理」
腰に巻きつけた腕で強引に引き寄せると、「ちょ、黄瀬さ……っ」とあがる抗議の声を飲みこむように唇を啄む。
「っ……こ、コラ!」
「大丈夫だって、これくらい」
頬を染める恋人の耳に顔を寄せると、黄瀬は耳朶にも小さなキスを落とした。
「や、ぁっ」
「ハハ。可愛い声」
イタズラ成功とばかりに片目を瞑る黄瀬に、不満げに尖る小さな口が「なんか悔しい……」とつぶやく。
「へ」
上目遣いで睨んでくる彼女の無言の圧力に、黄瀬はジリリと後退った。