第57章 【番外編】フレグランス
おとぎ話と違い、0時の鐘が鳴っても魔法がとけることはなかった。
繰り返される絶頂の波に何度も意識を飛ばしながら、ようやく黄瀬の腕から解放されたのは、夜が明ける頃。
気怠い身体に残る無数のキスマークと、ズキズキと痛む腰に、結は布団の中で眉を顰めた。
だが、一晩中啼かされて、すっかり嗄れてしまった声では苦情を言うことも叶わない。
「のど、渇いた……」
合間に口移しでわずかに与えられるミネラルウォーターも、すぐに再開される情事であっという間に蒸発してしまい、口の中はカラカラだ。
枕元に転がるペットボトルになんとか手を伸ばし、生存に必要な水分を補給すると、結はホッと息を吐いた。
(涼太はお水、大丈夫なのかな……)
めずらしく先に眠りについてしまった恋人の唇に、手を伸ばしたその時。
「う、ん……結、ココがきもちいーんスか」
「!?」
とんでもない寝言をつぶやく唇をあわてて指で押さえると、何事もなかったように枕に頭をうずめる恋人の髪を指先でそっと整える。
「起きたら……けほっ、お説教……ですからね」
朝日を受けてキラキラと輝く、自分だけのフレグランスを胸に抱きしめると、結はムニャムニャと動く唇に、触れるだけのくちづけを落とした。
黄瀬が今回の仕事を受けたのは、その世界では有名な調香師にオリジナルの香水を作ってもらうためだということを知るのは、もう少し後の話。
「おやすみなさい」
むき出しの肩にそっと布団をかけ、もう定位置となった腕枕に頭を預けると、結は幸せな眠りに誘われるまま、静かに目を閉じた。
end