第11章 カウンター
「お 邪 魔 し ま す」
そう挨拶をする口許がヒクヒクと引き攣る。
黄瀬が口に手をあてて、必死に笑いをこらえている事に気づく余裕も、今の結にはなかった。
「いらっしゃい、結ちゃん。久しぶりね、元気だった?」
「ハ、ハイっ!」
恋人宅の玄関で威勢よく返事をして、家にあがろうとした結は、低い段差に引っかかって見事につんのめった。
「「ぷふーーっ!」」
真っ赤になって顔をあげた結の目に飛び込んできたのは、お腹を抱えて爆笑している黄瀬の姿と、ニコリと微笑む彼の母親の優雅な立ち姿。
(あれ?今、ふたり分の声が聞こえた気がしたんだけど……)
黄瀬は母親に似たのだろうか。
三人の子供がいるとは思えないほどスレンダーな身体の上に、ちょこんと乗っている小さな顔はいつ見ても美しい。
一度しか会ったことのない父親も、年齢不詳のダンディな男前だったが。
「結ちゃん。大丈夫?」
「は、はいっ!」
「猫、何枚かぶってんだか」
美しい母親に見惚れていると「ほら。おいで」と拗ねたような手に引き寄せられて、向かったのは二階へと続く階段。
「部屋のドアは開けておいてね。大事なお嬢さんを預かってる責任があるんだから」
階段を上がっていくふたりの背中を、追いかけてくる声も透き通るように美しい。
「今どきそんなのアリ?てか、オレ、そんなケダモノじゃないってば」
確認するかのように握られた手のひらが、じわりと汗ばむ。
視線が定まらないまま足を運んでいた結は、案の定階段にも見事につんのめった。
「わ!」「っと」
だが、顔面から落下する一歩手前で、その身体はたくましい腕に抱きとめられていた。
「も〜、これ以上笑わせないでよ。おなか痛いっス」
「か、階段の段差がちょっと私に合わないというか……」
「その負けず嫌いなトコも好きだけどね。よっ、と」
「う、わっ……お、降ろして下さい!」
抗議の声を無視すると、黄瀬は結の身体を軽々と抱きあげた。
普段クールな彼女が時折見せるおっちょこちょいな姿は、そう──まるでスルメだ。
「ぷ」
「何笑って……っ」
バタバタと暴れる恋人を腕に閉じこめると、黄瀬はにやけた顔を隠そうともせず、足早に自分の部屋へと向かった。