第10章 テスト
傘の下で小さく息をはくと、結は黄瀬宅のインターホンをゆっくりと押しこんだ。
勉強を教えるだけですからね、というのは建前で、会いたい気持ちは同じだと素直に言えない自分が、歯がゆくてもどかしい。
『すぐ開けるっス!雨降ってんでしょ?玄関の前まで来て!』
嬉々とした声にゆるむ頬をペチリと叩きながら、門扉を抜け、たどりついた玄関の向こうから聞こえる騒がしい足音に、結はジリと後ずさりした。
「結!」
勢いよく開いた扉が鼻先を掠めてヒヤリ。数歩下がっていたのは、やはり正解だったようだ。
「お邪魔します。今日はおうちの……わ、っ」
挨拶を終える前に腕を掴まれて、気がつけばたくましい腕の中。「会いたかったっス〜」とすり寄ってくる大型犬の尻尾がぶんぶんと左右に揺れる。
「この前、会ったばかりじゃないですか」
「そんなつれない」と言いながら髪に触れてくる恋人に、結は眉を顰めた。
ラフな部屋着もカッコいいなんて反則だ。
ボーダーの半袖カットソーに、オフホワイトのチノパン。Vネックから覗く鎖骨は相変わらずの破壊力。
「雨、結構降ってきたんスね。タオル持ってくるから先オレの部屋行ってて」
「は、はいっ」
「今日は誰もいないから、そんなキンチョーしないの」
ニコリと笑む唇が口角をあげる。
声が裏返ったことに気づかれたのだろうか。
「それが困るのに……」
「ん、なんか言った?」
「なんでもない、です」
高鳴る鼓動をしずめるように息を深く吸いこむと、結は二階へと続く階段に足をかけた。
「で、ドコが分からないんですか」
「昨日の夜、チェリーパイ食べたんスよ」
「は?」
「そしたら思い出しちゃって」
タオルを手にした腕に腰を抱かれて、あっという間に連行されるベッドは深海のブルー。
「何の話……あっ」
押し倒されないように後ろ手をついて踏ん張ってみても、重なってくる唇は防ぎようがない。
ふわりとキスされた後、「髪、雨の匂いがすんね」と熱を帯びた瞳に見つめられて、結は息をのんだ。
「結が欲しくてたまんない。ね、食べてもい?」
唇が触れそうな距離で絡み合う視線。
まるで磁石のように引きあう唇は、お互いの熱を確かめるように、角度を変えて交じり合った。