第9章 ラッキーアイテム
「待ってってば!結!」
「や、だっ……!」
階段をバタバタと駆けあがり、自分の部屋に逃げこもうとしたその瞬間、追いかけてきた黄瀬の手に捕獲され、結は腕の中で暴れた。
いくら勘違いしたとはいえ、一瞬でも黄瀬のキスを皆の前で評価するような形になってしまったのだ。
思い出しただけで顔から火が出そうだ。
「や、離して……っ」
だが、ダメっスよというやわらかな声に反して、力強い腕が緩められる気配は微塵も感じられない。
「も、みんなの顔が見られない……どう、しよ」
「ダイジョーブだって。アレは勘違いだってこと、みんなもちゃんと分かってるから、心配することないっスよ。でも……」
クスリと楽しげな声につむじをくすぐられ、結は抵抗の手を思わず止めた。
嫌な予感しかしない。
「ム。でも……なんですか?」
「結がこんなテンパってんの、めずらしいな~って思って、さ」
愉快でたまらないという声に、「だ、だって黄瀬さんが」と抗議しようと顔を上げた結は、まっすぐに自分を射貫くふたつの瞳に目を奪われて、言葉をなくした。
優しくも妖しい色をたたえるそれが、身体の奥に火をつける。
駄目だと頭では分かっているのに。
「オレが──なんスか?」と思わせぶりに距離を詰めてくる恋人のネクタイが、目の前でユラリと揺れる。
緩められた襟から覗く鎖骨から匂い立つ色気に、めまいがして呼吸さえも止まる気がした。
「さっきの、悪いのはオレだけ?」
「え、……っと」
「最初に茎でハートなんか作って遊びだしたの、桃っちと結じゃないスか」
「う」
「お互いさま、でしょ?違う?」
「そ、それは……」
何の反論も出来ないまま、結は端整な顔から視線を引き剥がすと、目の前の広い胸に顔をうずめた。
それは素直に負けを認められない結の、降参の合図だった。