第9章 ラッキーアイテム
「…………」
いつも騒がしい黄瀬の静かな姿など、そうは見られるものではない。
胸をくすぐる好奇心に勝てず、隣にチラリと視線を送った結は、思わず出そうになる声を間一髪というところで飲みこんだ。
(っ、か、可愛い!)
神妙な顔をして、口をモゴモゴと動かしているその姿はまるでリスかハムスター。
心の中でひとり悶え転がりながら、平静さを取り戻そうした咳払いは不自然だっただろうか。
「あれ、オカシイな……うまく結べない。意外と難しいんスね」
だが、意外にもあっけなく降参の白旗をあげた黄瀬に、あの小動物はもう見られないのか……と溜め息をこぼす結の様子を、桃井がひそかに観察していることに気づく者は誰もいなかった。
「ハッ、黄瀬。お前そんな事も出来ねーのかよ」
「む。そーいう青峰っちは出来るんスか?」
この俺を誰だと思ってんだ、と胸を張る青峰が黄瀬とケンカを始めるのはいつもの流れ。
「またですか。ホント、仲がいいんだか悪いんだか」
「今のは青峰っちが悪いんス!てか、仲がいいほど喧嘩するって言うじゃないっスか」
「ハッ!俺は別に黄瀬なんかと仲いいわけじゃねーけどよ」
「喧嘩するほど仲がいい、の間違いなのだよ。馬鹿め」
そんな緑間の指摘すら耳に入らず、上手いとか下手とかギャーギャーと騒ぐふたりの言い争いはヒートアップ。
顔を合わせるといつもこうなのだ、このふたりは。
(コート上にいる時とは、ホント別人なんだから)
ボールを自在に操るスラリとした腕と、コートを縦横無尽に駆けるしなやかな脚。
特に、青峰と対峙した時の黄瀬は誰よりも凛々しくて──
「結ちゃん、どうしたの?」
頭を埋めつくす熱量を見透かしたような桃井の問いかけに、結はふるふると頭を振った。
「え?あ、な、何ですか?」
「そういえば、さっきも顔真っ赤だったね。きーちゃんに見惚れてたって感じ?で、今はバスケしてる姿を思い出してた……てとこかな?」
「ぐっ」
さすが情報分析のスペシャリスト、というべきか。返す言葉もない。
「相変わらず素晴らしい分析力でいらっしゃる」
「結ちゃんで遊ぶの楽しいよね。ホント分かりやすいんだもん」
「は、はは」
美しくも黒い微笑みに、結は乾いた笑いを漏らした。