第7章 リミッター
手の中の艶やかな髪を梳く──それは黄瀬の好きな時間だった。
「ね、黄瀬さん?」
「ん~?」
「今日の遠征、何があったんですか?」
「え?あ、ウ……ン。向こうのガッコでちょっと、ね」
心も身体も満たされた幸せなひととき。
そんな時間に水をさすような話題は出来れば避けたかったが、彼女に隠し事をするつもりは一切なかった。
「実は、さ……」
黄瀬のファンだという女子の群れが押しかけてきて、試合の続行すら危ぶまれる騒動になったのはまったくの想定外。
関係者以外をシャットアウトして、なんとか試合は終えたものの、相手校にかけた迷惑は計り知れない。
「てことで試合の後、混乱を避けるためオレだけ帰ることになったんスよ。ゴメン、こんな話して」
「黄瀬さんのせいじゃないでしょ?でも」
「でも……なんスか?」
不安げに潤む瞳は、まるで飼い主に捨てられそうな子犬のそれ。
それは天然か作戦か、見極めることは難しいが。
「っ、そんな目で見ないで下さい」
「だって、結に嫌われたらオレ、もう生きていけないっス」
ピーピーと泣き真似をしてみせると、そっと抱き寄せてくれる手に、黄瀬は身をゆだねた。
「こうして会えて嬉しい……って、言おうとしただけですよ」
「ホント、っスか?」
「私が嘘下手なの知ってるでしょ?」
「ハハ。そうだった」
深刻そうな表情を一転させると、黄瀬は目の前の胸に顔を深くうずめた。
「すごく会いたかった。こうして抱きしめたくて、たまんなかったんスよ」
「でも、ホテル……まで取らなくても、その……よかったと思いますけど」
非難の言葉に混じる照れたような声色に、イケメンモデルは緩みそうになる口許を引き締めた。
「ちょっとでいいから、結を補給したかったんスよ」
(ちょっとどころじゃなく、たっぷり頂いちゃったけどね)
モデル事務所の先輩に頼んでここを取ってもらったのは正解だった。
「も、色々と限界だったし」
「ちょ、っ……」
胸に鼻先を擦りつけられて、くすぐったさに身を捩る華奢なカラダを腕の中に閉じこめる。
「でも、結も同じ……だよね?」
「そ、そんなこと!」
「あ〜もう暴れないの」
ポカポカと頭を叩く恋人の反乱を軽くあしらいながら、黄瀬は枕元の時計をチラリと見上げた。