第7章 リミッター
「ねーねー、カッコよくない?後ろの人」
「シッ、女連れみたいだよ。よしなって」
待ち合わせ場所に到着するやいやな、無表情の黄瀬に手を引かれるままやってきたエレベーターの中。
人目から隠すように押し込まれた広い背中を、結はおずおずと見上げた。
まだひと言も言葉を交わしていない。
練習試合で何かあったのか、と問いかけることすらはばかられる雰囲気を纏った恋人に、足が少し震える。
(やっと会えたのに……)
おそらく遠征の後に着替えたのだろう。黄瀬の今日の装いは、ざっくりとした黒いリネンのシャツにダメージ加工の細身のデニム。
足許の真っ青なバッシュは、海常カラーを思わせる鮮やかな海の色。
シンプルなのに、相変わらず悔しいほどカッコイイ。
こんなに近くにいるのに触れられないもどかしさから、結は恋人のシャツの裾をきゅっと摘まんだ。
引っ張られるような感覚に気づいたのだろう。
無言のまま伸びてくる大きな手に指先を強く握りこまれて、不安な気持ちが跡形もなく溶けていく。
ひっそり絡み合う指と指が、じわりと熱を帯びた。
ポーーーン
ヒソヒソと何かを話しながらも女性達が降り、エレベーターの中に突如として訪れた静寂が、少し気まずくて、少し恥ずかしい。
(もう顔出してもいい、んだよね?)
微動だにしない背中から顔を出すと、結は意味もなく階数表示を見上げた。
「一体ドコに行くん……」
だが、その言葉を最後まで言うことは叶わなかった。
突然振り向いた黄瀬の腕の中で、熱いくちづけを浴びていたからだ。
「ン、んっ」
エレベーターには防犯カメラが設置してあるはずだと、理性が働いたのは一瞬だった。
狭い箱の壁に背中を押しつけられて、強引に重なってくる唇は、そんな分別を呆気なく吹き飛ばしてしまうほどの破壊力。
身長差のある恋人のキスを受け入れようと、結は無意識に背伸びをした。
「ハ、っ……結」
気まぐれのように離される唇の隙間から、名前を呼ばれ、背中がゾクゾクと歓喜で震える。
遠征中のはずの黄瀬とどうしてホテルのエレベーターに乗り込んでいるのか──そんな疑問を溶かすような熱い舌に唇を割られて。
足元から這い上がってくる快感に抗えず、結は自ら舌を絡ませて甘いくちづけに応えた。