第57章 【番外編】フレグランス
トップノートは、柑橘系のフレッシュさにフローラルトーンも合わせ持つ、華やかな印象のベルガモット。
そして、香りの王様とも言われるジャスミンを経て最後に香るのは、甘さに深みのあるホワイトムスク。
もともとは男性用のオードトワレを売り出すはずが、女性がつけても違和感のないコンセプトに路線変更したのは黄瀬涼太の起用が原因だという裏話は、桃井からの最新情報。
その狙い通り、いち早く情報をキャッチした熱烈なキセリョのファン達が、発売を今か今かと待ち構えているらしい。
心中穏やかではないのが正直な気持ちだが、こんなことで動揺しているようでは黄瀬涼太の彼女は務まらない。
「いい香り。これって今度発売される香水ですか?」
「ん?あぁ、撮影の時につけたのがまだ残って……あ、ちょっと待って」
ふいに何かを思い出したように枕元に伸びる腕が、オレンジの小さな明かりをつけた後、何かを手に舞い戻ってくる。
「ハイ。これ、誕生日プレゼント」
「わ、有難うございます!」
ガラスの小瓶に巻かれた金のリボンが、目の前でひらひらと揺れる。
何種類ものフレグランスを、季節やその時の装いで使い分ける黄瀬とは違い、必要最低限のメイク道具しか持たない自分でも、美しい細工が施されたガラスの瓶の中身を想像するのは難しくなかった。
「すごく素敵なデザインですね。初めてなんです……香水持つの。お揃いの香り、大切にしますね」
「前に約束したっしょ?結のハジメテは全部オレがもらうって。でも、これは例の香水じゃないんスよ」
「……え」
「これはオレが結のために調合した、世界でたったひとつの香りなんスよ。で、このボトルはアンティークの一点物。気に入ってくれるといいんだけど」
横向きに寝転んだまま、手の中にある小瓶を愛しそうに見つめる瞳を、結はそっと見上げた。
「私の、ため……?」
「そっスよ。てことで……結のハジメテの香り、オレにつけさせてくれる?」
金のリボンを解いた指が、返事を待つことなくビンの蓋を静かに捻る。
「今……ですか?」
「そ。冷たいかもしんないけど我慢、ね」
「っ、ん」
ふわりと漂うフレッシュでフルーティーな香りよりも、鎖骨をなぞるガラスの冷たさに、結は小さく息を飲んだ。