第57章 【番外編】フレグランス
「撮影は、遅くまでかかりそうなんですか?」
「う~ん……商品のイメージに合う画が撮れるまでだから、いつ終わるのかはハッキリ分かんないんスよ。進み具合を見ながら連絡入れるから、それまで待っててくれる?」
そっと重なる大きな手も、不安そうに揺れる瞳も、自分だけの宝物。
「じゃあ……その日はうちでゆっくりしませんか?ご飯作って待ってますから」
足を踏み入れただけで店内をざわつかせてしまう恋人を
美しい夜景も一瞬でかすんでしまう優しい笑みを
本当は誰にも見せたくない
「……ホントにそれでいいんスか?せっかくの誕生日なのに」
「その代わりといっては何ですけど、ケーキだけお願いしてもいいですか?」
「へ」
「そうですね……定番のイチゴの美味しさは侮れないし、ザッハトルテの濃厚さも、フルーツの酸味がたまらないタルトも捨て難い」
「ぷ。なんスか、そのケーキへの無駄に熱い情熱は」
「笑いごとじゃありませ……う、わ」
表情を和らげて、クスクスと笑う声が近づいてきたかと思うと、あっという間にソファに押し倒されて、クッションが音もなく床に落下する。
天井を背景に覆いかぶさってくる黄瀬の、キリリと整ったラインを描く眉の下、熱を帯びる瞳に射貫かれて、全身の血が沸騰するのは必至だ。
「花より団子っスか?相変わらず色気がないっスね」
「ム、何言ってるんですか。重要な問題なんですよ、乙女にとってスイーツは」
「ハイハイ。じゃあ明日チョコレートケーキ買って来てあげるから、機嫌なおしてよ。ね?」
ふわりと重なる唇は、どんな有名な店のデザートにも敵わない最上級のスイーツ。
「ん……チョコじゃなくて、ザッハトル……っ」
ソファの上で交わす濃厚なキスの合間に、長い指がブラウスのボタンをひとつ、またひとつと解放していく。
「う……ん、ココ、で?」
「ベッドまで待てないっス」
「じゃ、せめて明かりを……あ、っ」
ささやかな願いを摘みとる唇が、深さを増し、絡みあう。
幸か不幸か明日は日曜日。遅刻する心配はないものの、睡眠不足は避けられそうにない。
「ナニ考えてんの?もっとオレに集中して」
「や、そこ噛んじゃ……駄目、っ」
お仕置きのように耳朶を噛む歯に、鼓膜を溶かす熱い舌に、結の思考は生クリームのように溶かされていった。