第55章 アイシテル
溢れる想いが喉に絡みついて声が出てこない。
早く伝えたいのに
この気持ちを
たくさんの感謝の言葉を
「そ、そうそうたる顔ぶれで一体、どうしたんスか……イテっ!だから痛いってば!」
「どうしたってお前、決まってんだろ?」
背中を叩く大きな手が、多くを語ることのない静かな声が、黄瀬の涙腺を刺激する。
おごそかな式の最中ですらこんな気持ちにはならなかったのに。
「……笠松、センパイ」
やはり彼女とふたりで考えた末に出した結論は間違っていなかった。
胸につかえていた小さな欠片が心の奥で溶けていく。
(あぁ、早く結に会って伝えたい)
自分の進むべき道はこの背中を追いかけることであり、そしていつか必ず。
「っ」
震える声を飲みこむように唇を噛む、そんな黄瀬を見守る笠松の瞳はどこまでも優しかった。
手加減なしで喝を入れた背中を最後にポンと叩くと、笠松は、主将の役目を立派に果たした後輩を労うように白い歯を見せた。
「アイツ、校門のところで待ってんぞ。早く行ってやれ」
「へ?う、わっ」
そのまま強く肩を押され、前のめりになった身体を立て直すと、黄瀬はゆっくりと後ろを振り返った。
ズラリと並んだたくさんの顔を
優しい瞳を
記憶に深く焼きつけるために
「黄瀬!またな!」
「水原さんを泣かせんじゃねーぞ!」
「今度合コンのセッティングを頼む!」
「黄瀬センパイと同じチームにいられて幸せでした!」
「有難うございましたっ!」
関係のない言葉が含まれていることに苦笑いしつつ、頭を深く下げる後輩の姿にかつての自分を重ね合わせ、黄瀬は小さく息を飲んだ。
チームを勝たせられなかったことが悔しくて、そして別れがただ悲しくて。
溢れそうになる涙をこらえ見送ってきた背中を思い出しながら、自分が見送られる側になったことを噛みしめる。
(センパイ達もこんな気持ちだったんスかね)
悔いはなかった。
それは己の責任を果たしたからではなく、後は任せたという後輩への信頼という名の清々しい想い。
風になびく前髪を掻きあげ、海常の黄瀬涼太としての最後の時を告げるように、彼は誇らしく微笑んだ。
背中を向け、言葉の代わりに片手を軽くあげてゆったりと歩き出した彼の瞳は、新しい未来を見据えるようにキラキラと輝いていた。