第5章 モデル
「さ、結。帰るよ」
まだおぼつかない足取りの結の肩を抱き、歩きはじめた黄瀬の足取りはいつもより少しハイペース。
「え、映画は……?」
「今日はパス」
そう告げた後、口を閉ざしてしまった恋人の横顔をそっと窺いながら、結は黙って歩調を合わせた。
黄瀬からはもう、さっきのような怒りのオーラは微塵も感じられない。
代わりに、大きな手のひらから伝わる熱が、服の上からジワジワと肌を焼く。
とくんと騒ぎ出す心臓を落ち着かせるように、結は大きく息を吸った。
「結のことをあんな風に言われて……どうしても許せなかったんスよ」
電車の中で、今日の経緯についてぽつぽつと話しながら、「ゴメン」と肩を落とす黄瀬の髪が、さらりと頬をくすぐる。
「……黄瀬さん」
頭では駄目だと分かっているのに、あんな風に自分のことで怒ってくれたことが嬉しくてたまらない。
そして、炎のように燃えあがる金の瞳を思い出して、足許から這い上がってくる震えの正体は一体何なのか。
「もう……あんな無茶はしないでくださいね」
結はそれだけ言うと、座席に浅く座る黄瀬の肩にそっと頭を預けた。
「……ウン」
蚊の鳴くような声で返事をしながら、クルクルと髪をもてあそぶ長い指が何を意味するのか。
結は、指先から伝わる秘めた欲望に気づかないふりをして、静かに目を閉じた。