第5章 モデル
「お、おおぉ~!?」
「きゃああぁっ!!」
周囲から上がる、驚愕の声と悲鳴。
「!?」
しかし、一番驚いたのは黄瀬本人だった。
予想もしていなかった恋人の行動に、男を捻りあげていた手がわずかに緩む。
結はつま先で地面を蹴ると、黄瀬の首にさらに腕を巻きつけながら、いまだに困惑する唇を塞いだ。
羞恥心よりも、今はこの場をおさめることが最優先。
侵食を繰り返す快感の波に溺れるように、突然のキスに意識を傾けていく黄瀬の手が、男からスルリと離れるのは必然で。
「ん……、結」
重なる口の隙間から小さく名前を呼ぶ声に、結はホッと安堵の息を漏らした。
どうやら正気に戻ったようだ。
「よかっ……ん、んっ!?」
だが、事態は思わぬ方向へと向かう。
腰をホールドされたかと思うと、身体を密着させてくる黄瀬から、お返しとばかりに始まるとびきり濃厚なキスに、結の身体がふわりと浮く。
「っ……ん、ンぁ」
唇を割り、舌を絡ませ、ギャラリーがいることもお構いなしに、降ってわいた幸運に酔いしれる黄瀬のキスはとどまることを知らない。
「「おお、スゲェ……」」
歓声の一部が、感嘆の声に変わる。
おののく舌を強く吸いあげた黄瀬は、仕掛けたはずのキスの逆襲に合って、ガクガクと崩れ落ちる恋人の身体を抱き止めた。
「お、っと」
「ふぁ……っ」
「ハハ、毒気を抜かれるってまさにコレっスね。マジで降参」
熱烈なキスシーンを目の当たりにし、しかも黄瀬の胸にもたれて恍惚としている結の表情に、ふたりの目は釘づけだ。
「「……エロ」」
そのつぶやきを耳にして、黄瀬は結の顔を隠すように胸に抱きこんだ。
「カッとなって悪かったっス。でも、これ以上見せるつもりないから」
男に謝罪の言葉をかけると、黄瀬はもうここには用はないとばかりに観衆に背中を向けた。
呆気にとられたまま、ふたりを見送るギャラリー達のザワザワとした声と泣き声にも似た悲鳴は、いつまで経っても治まる気配を見せなかった。
「責任、とってくれるんスよね……イテッ!」
反論する余力もなく、ふらふらと歩く結の耳にそっと囁いた黄瀬が、バチっと背中を叩かれて悲鳴をあげた。