第55章 アイシテル
そんな幸せな時間もここしばらくはお預け状態。
ウィンターカップで優勝してからというものの、海常の主将として、そしてモデル黄瀬涼太として、さまざまな雑誌に取り上げられたことで、彼は今、人生最大の繁忙期を迎えていた。
連日の取材と、ぎっしり詰まった撮影スケジュールに忙殺される日々。
スポーツ推薦が決まっていたおかげで、受験勉強の必要がないことがせめてもの救いといえよう。
だが、彼の周囲を一番騒がせたのは、日本バスケットボール協会を通して、あらためて複数のNBAチームから契約のオファーがあった時だった。
その中でも、カリフォルニア州オークランドを本拠地とするゴールデンステート・ウォリアーズから提示されたのは破格の待遇であり、関係者で彼の入団を疑う者はいなかった。
“海を越えたアメリカの地で、キセキの対決が実現する日は近い”
“チームカラーであるロイヤルブルーとゴールデンイエローのユニフォームは、彼の華やかな容姿にさぞ映えることだろう”
周囲はこぞってそんな記事を書き立てたが、彼は大学進学への意志を変えようとはしなかった。
「お!ここなんてどーっスか?オートロックだし、駅からも近いし」
「駅から徒歩3分の1LDKで……え、家賃高くないですか!?」
「ぷ」
パソコンの画面に顔を近づけて、念入りに数字を確かめる堅実な恋人に、黄瀬は小さく噴き出した。
「ム、笑い事じゃありません。それに、やっぱり狭くてもいいから自分の部屋があった方が」
夜遅くまで机に向かうことの多い彼女が、自分の身体を気遣ってくれていることは十分に分かっている。
でも、そんな条件を飲むわけにはいかない。
「ダ~メ。何度言われてもそれだけは却下っスよ。同じテーブルで飯を食って、同じソファでくつろいで、同じベッドで寝る。オレのささやかな夢を叶えてくれんのは、もう結だけなんだから」
責任取ってくんなきゃ、と細い肩に頭を乗せた黄瀬は、思ったような反応を見せず黙り込んでしまった結の横顔を、そっと覗きみた。
「結?」
「本当に……よかったんでしょうか。断ってしまって」
彼女がNBAのことを言っているのはすぐに分かった。
ふたりで相談して決めたこととはいえ、まだどこか迷うように揺れる瞳を、黄瀬は正面から受けとめた。