第55章 アイシテル
非凡な才能ゆえに、『キセキの世代の天才』ともてはやされるようになったことも、あまたの強豪校から誘いの声をかけられるまでに名を馳せるようになったことも、黄瀬にとっては当然の結果でしかなく。
だが、意気揚々と足を踏み入れた海常バスケットボール部で彼を待っていたのは、衝撃的な出会いだった。
『キセキの世代だろーがなんだろーが、カンケーねぇんだよ。お前はもう海常一年黄瀬涼太。そんでオレは海常の三年主将、笠松幸男だ』
威嚇でも虚勢でもないまっすぐな瞳。
その言葉通り、鳴り物入りで入部した生意気なルーキーを、腫れ物のように扱うでもなく、かといって特別扱いすることもなかった主将の元で、いつしか黄瀬は自分の居場所を見つけ、海常のエースとしての自覚を深めていった。
そして、入部して間もなく行われた誠凛高校との練習試合で、彼は運命の女性との出会いを果たす。
『水原です。よろしくお願いします』
ごく普通の女の子だった彼女のことが妙に気になるのは、いつまで経っても自分に興味を示さない異性に、男のプライドが疼いているだけ──黄瀬は最初その程度にしか考えていなかった。
笠松の隣で咲く笑顔に胸が痛むのも、きっとそのせいだと。
『オレに構うな!』
インターハイ準々決勝での敗戦の傷を癒せないまま、彼女に苛立ちをぶつけてしまったことを、どれほど悔いただろう。
その後、彼女をひとりの異性として意識しはじめた黄瀬は、ライバルの登場も相まって、まさに階段を転がるように恋に落ちていった。
『好き……好きなんだ』
らしくない告白と、衝動に駆られて彼女を抱きしめた時の胸の高鳴りは今でもはっきりと覚えている。
そして、彼女の特別になれないまま迎えたウィンターカップの準決勝。
誠凛にリベンジは果たせなかったが、代わりに大切なものを手に入れた。
『私も……好、き』
初めて触れた唇は、マシュマロのようにやわらかく、そして少し涙の味がした。
(あれから、もう二年……か)
高校入学時189センチだった身長は、成長期のような著しい増加はなかったものの着実に伸び、恋人との唇の距離は遠ざかるばかり。
だが、熱を帯びるくちづけに応えようと、シャツに縋りつき、小さく背伸びをする瞬間が、黄瀬の胸を満たす至福の時間でもあった。