第55章 アイシテル
「この机ともお別れ……か」
前に座られると黒板が見えないという理由で、一番後ろの席が定位置になったのは確か、帝光中に通っていた頃。
ふとそんなことを思い出しながら、かすれて読めなくなった落書きや、細かい傷が残る机の上を、黄瀬涼太は指でそっとなぞった。
運動部が盛んな私立校の教室に並ぶのは、一般的なものよりも大きなサイズ。
それすらも窮屈に感じるようになったのは、トレーニングを積み重ねて手に入れた一桁の体脂肪率と、バランスよく鍛えられた身体のせいにほかならない。
もっとも、三年間を通して体育以外の成績がかんばしくなかったのは、居心地の悪い机が原因ではないが。
(朝から机で爆睡して、よく怒られたっけ)
胸に咲くピンクのコサージュが、淡い溜め息でふわりと揺れる。
スラリとした長身を窓辺に預けると、黄瀬は懐かしい記憶を手繰りよせるように、ゆっくりと目を閉じた。