第54章 エンドレス
ゆっくりと観客席の扉を開けると、黄瀬は小さな手を引きながら、まだ熱の名残を残す階段を一段、また一段と足を進めた。
「黄瀬さん、足……」
「だいじょーぶ。結が手当てしてくれたから、もう何ともないっスよ」
テーピングされた足をひょいと持ちあげながら、「あ、でもちゃんと診てもらうつもりだから心配しないで」とつけ加えることも忘れない。
そう、油断は禁物だ。
新たな夢に向かって、これからも彼女とともに歩んでいくために。
「よかったら診せて欲しいって父が言ってるんですけど、今日……うちに来ますか?応援に行けなかったこともあらためて謝りたいらしくて」
「そんなの気にすることないのに。お父さんにとって大切な仕事なんだから、そっちを優先するのは当たり前っしょ?」
「……父が聞いたら、きっと喜びます」
「オレも気にかけてもらえて、すげぇ嬉しいっスよ」
年末最後の診察日と重なったため、会場に来られなかったという結の両親には、近いうちにきちんと挨拶に行くつもりだ。
(やっぱスーツとか着てった方がいいんスかね。あ、あと手土産も何がいいか検索しないと……)
試合に臨む時とは異なる緊張感に、黄瀬は背筋をピンと伸ばした。
「どうしたんですか?真面目な顔しちゃって」
「ヒドっ!オレだって真面目な顔くらいするってば!」
「ぷ、そうですか。それは失礼しました」と楽しそうに笑う恋人を、一日でも早くひとり占めしたくてたまらない。
そのためにも足を治して部屋探しを……と今はネットで探せる時代だということも忘れ、黄瀬は強くこぶしを握りしめた。
「あ……でも、オレも出来れば優勝の報告させてもらいたいと思ってたから、顔出してもいいっスか?」
「はい!母も喜ぶと思います!」
花がほころぶような笑顔ととも過ごす未来を胸に、黄瀬はゆっくりと階段を下りると、しんと静まり返ったコートを見渡した。