第54章 エンドレス
「結、だいじょーぶ?」
いつもなら大丈夫とつよがってみせる恋人も、さすがに涙腺がゆるんでいるのか、あふれる涙を止められない様子で弱々しく頷くばかり。
「ホラ。泣かないで」
「ごめ……なさい、嬉しくて」
その頬を濡らす涙を吸って、震える唇を塞ぎたい。
だが、公衆の面前でそんなことをしようものなら、どうなるかは火を見るよりも明らかで。
苦笑いしながら涙を拭うように頬に指をすべらせた黄瀬に、だが、それすらも受け入れられない男が大声で異議を唱えた。
「おま……っ、お前、シバくぞ!」
軽い外見に似合わず、古風な考えの持ち主、翔の脅しに怯むことなく、黄瀬はキリリとした顔で結を腕の中に閉じ込めた。
「き、黄瀬さん!?」
「ヤダ。だって、オレ以外に泣き顔見せたくないんスもん」
「も、う……何バカなこと言ってるんですか!」
「ぐはっ!そこ、みぞおちっ!」
ぐらりとよろめく青のジャージに、辺りは笑いの渦につつまれた。
ただひとり、まだ目を三角にして憤る翔と、そんな彼をやんわりとなだめる優しげな女性の姿に、黄瀬は目を細めた。
きっとこれからも、家族やたくさんの仲間に支えられながら、ひとつひとつ思い出を積み重ねていくのだ。
そして隣には。
「ア、アレ?結……?」
「あ~もう泣かないの」と母親に慰める役目を奪われて、ポカンと口を開ける黄瀬の周りを、待ってましたとばかりに青い波が取り囲んだ。
「へ」
「彼女にフラれた我らがキャプテンの、今後の活躍と健闘を祈って!」
「そーれ!」
突然はじまった胴上げに驚き、目を丸くする主将の身体が、一回、二回と鮮やかに宙を舞う。
「う……わっ!ちょっ!」
「ビビって泣くなよ!黄瀬!」
三回目の飛翔でわずかにバランスを崩し、手足をバタつかせながら落ちてくる身体を、がっちりと受けとめてくれるチームメイト達の目には歓びの涙。
「泣くわけないっしょ!てかオレ、フラれてないってば!」
「よし!次ラストーー!」
最後にひときわ高く舞い上った金の髪が、天井の照明を浴びてシャララときらめく。
(みんな、ありがと)
黄瀬はたくさんの腕に身をゆだねながら、母親の隣で涙ながらに笑顔をみせる最愛の人の姿を、目の奥に深く焼きつけた。