第5章 モデル
結は、ちらりと腕時計を見ると、薄手のコートを手早く羽織った。
時刻は夕方の四時を過ぎたところ。
(待ち合わせの時間には少し早いけど……もう来てるかな?)
今日は部活が休みだという黄瀬が、反対を押しきって迎えにくる予定になっていた。
『映画っ!手を繋いで映画が観たいっス!』
「手を繋ぐ意味が分かりません」
『えぇーっ!なんで結はそんなにクールなんスか。映画イコール恋人繋ぎっしょ』
「そんなの初耳です」
『と、とにかく!そこは譲れないんスよ!』
昨日の夜、電話の向こうでひとり騒いでいた恋人の声を思い出して、胸が甘く締めつけられる。
(早く、会いたいな)
そんな乙女のような思考を頭から追い払いながら、小走りで門に向かった彼女の視界に入ってきたのは、ざわざわと波打つ集団だった。
「もしかして……」
すぐ女性に囲まれるという特技を持つ彼は、全国区の人気モデル。
目立たない場所を待ち合わせ場所に選んだことも、意味をなさなかったようだ。
(でも、なんだか様子が……)
それは、歓声というより騒然とした空気。
嫌な予感を抱きつつ駆け寄った結は、群れの中心から頭ひとつ飛び出た金髪の人影が、一人の男を捻りあげている姿に、目を見開いた。
「黄瀬さんっ!?何してるんですか!」
人波をかき分けて現れた結の姿に、黄瀬はチラリと視線を投げたものの、「悪いけど、ケリつけるまでちょっと待ってて」と取り付く島もない。
「絶対に許さねぇ」
「ぐっ、わ……悪、かっ」
試合中の鬼気迫るものとは異なる威圧感と、怒りの色をたたえた金の瞳。
彼を止めなければと頭では理解しながら、ゾクリと震える心が結の行動を鈍らせたのは一瞬だった。
「だ、駄目です!お願いだからやめてください!」
男のシャツをつかむ腕をなんとか止めようとするが、その怒りがおさまる気配はない。
凶暴さを隠そうともせずギラリと光る瞳。
こんな黄瀬を見るのは初めてだった。
だが、万が一暴力でもふるって問題になれば、取り返しがつかない。
(なんとかして気を逸らせないと)
結の決断と行動は早かった。
意を決して黄瀬の制服のネクタイに手をかけ、強く引き寄せると、怒りにゆがむ唇に自分の唇を押しつけたのだ。